『グランツーリスモ』映画レビュー 極め付きのレース映画の格別な三つのシーン

映画『グランツーリスモ』は、全編クライマックスで、さあ大変! な映画だ。例えるなら、ステーキやら、パフェやら、寿司が並んでいる豪華なホテルのビュッフェのよう。

実話のため、大事なエピソードが並ぶ。関係者もいる、モデルになった本人もそばにいる。観客も、このどんでもない話の成り行きを、詳しく知りたくなる。そういうわけで、『グランツーリスモ』は、見どころ山盛りのモータースポーツ映画となってしまった。

話は、日産のマーケティング担当者のダニー(オーランド・ブルーム)のアイデアから始まる。それは、シムレーサー(レーシングゲームのプレイヤー)を、本物の車に乗せ、本物のレーサーにするというもの。そして、そのためのGTアカデミーが設立された。

主人公の、ヤン・マーデンボロー(アーチー・マデクウ)は、プレイステーションのドライビングゲーム「グランツーリスモ」では極端に強いが、普段は洋品店で仕事をしている。そのままでいいのか? いいわけないだろう? と、父から毎度小言を言われる日々だった。

ヤンには、夢があった。それは、本物のレーサーになること。それが、GTアカデミーのおかげで実現してしまう。あり得ないストーリーだ。監督は、かの『第9地区』、『エリジウム』のニール・ブロムカンプ。その名を聞いて、身を乗り出すファンも多いだろう。私もその一人だ。抜群のストーリーをどうデザインし、どう提供してくれるのか。難題があるとすれば、やはり、山場が多いことだ。

ヤンは、GTアカデミーでライバルを蹴落として、1位になり、ドライバーとしての資格を得なくてはならない。そこで勝ててもさらなるミッションが待っている。FIAライセンスを取得し日産の契約ドライバーになるために。熱い人間ドラマもなくてはならない。

監督のニール・ブロムカンプも、極めつけのストーリーを偉大な映画にするための闘いに挑んでいる。モータースポーツ映画は、ほとんどが実話で、『フォードvsフェラーリ』、『ラッシュ/プライドと友情』など、良作も多い。ライバルと肩を並べることができるのか。

ポイントは、『グランツーリスモ』でしか見ることができない場面が3つあることだ。1つ目は、ヤンが父の車を内緒で運転し、初めてドライバーとして自覚するシーン。その瞬間、本人も観客も、「やれる!」と思う。

二つ目は、ゲームドライバーの才能が、本物レースで開花するところ。ヤンの頭の中のゲーム映像が、本物レースと重なり合う。美しい場面だ。

三つ目は、ドライバーの心の状態が描かれるシーン。フロー状態は、静けさに囲まれ、深い集中により没頭すること。その状態は、モータースポーツ映画では、欠かせないほどおなじみのものだ。

ところが、『グランツーリスモ』では、全く新しい次元のエピソードとなる。ヤンは、レースの最中にトラウマがかった恐怖心に襲われる。集中しなければならない。それなのに、心が乱れる。隙ができ、破れはどんどん大きくなる。あれよあれよと、順位が下がる。必ず表彰台に乗らなければならないレースだった。

一旦そうなってしまったら、立ち直るのは難しい。そのときチーフ・エンジニアのジャック(デヴィッド・ハーバー)がとった手段が凄い。効果があって、極めてユニークだ。覚えていたら、私たちの普段の生活でも使えるかもしれない。一方向に向かった意識を、無理やり別方向へ向けるのだ。

ベルカンプ監督は重厚な名画を撮る監督ではない。だが、センスと度胸が抜群なのだ。偉業といっていいほどの実話を紡いだヤン・マーデンボローのように。その心は、ためらうな、迷ったらアクセルを踏めという言葉に集約される。

(オライカート昌子)

グランツーリスモ
9月15日(金)全国の映画館で公開
・原題:『GRAN TURISMO: BASED ON A TRUE STORY』
・監督:ニール・ブロムカンプ(『第9地区』『チャッピー』)
・脚本:ジェイソン・ホール(『アメリカン・スナイパー』)、ザック・ベイリン(『クリード 過去の逆襲』)
・出演:デヴィッド・ハーバー(『ブラック・ウィドウ』「ストレンジャー・シングス」シリーズ)、オーランド・ブルーム、アーチー・マデクウィ(『ミッドサマー』)、ジャイモン・フンスー(『キャプテン・マーベル』) ・日本語吹替版テーマ曲:T-SQUARE「CLIMAX」 ・字幕版/日本語吹替版上映