
映画『ブラックドック』の最初のシークエンスには、例えようのないインパクトがあった。映画のテーマと物語の奥深さを強烈に意識させてくれる。
ある罪で収監されていたラン(エディ・ポン)は、模範囚として早期の仮釈放を勝ち取り、ゴビ砂漠に隣接した故郷に戻ってきた。2008年、北京オリンピックの開催が間近に迫っている。町はすっかり様子を変えていた。空き家だらけ。野犬が行き交う殺風景な風景が続く。そこで出会ったのが、ブラックドックだ。ブラックドックは、危険な犬とされ、捕まえれば懸賞金がもらえるという。ランは、その張り紙に目を止める。
ランを演じるのは、「疾風スプリンター」「オペレーション・メコン」のエディ・ポン。重厚でいて余裕も感じられる存在感が光る。ただし、彼の姿をはっきり見せるほどカメラは近寄らない。遠景から主人公に少しづつ近づいていく。その時間をかけた構図は、中国映画独特のものなのだろうか。そういえば、2023年の金馬獎受賞の『石門』は 後半になるまで主演女優の顔をほとんど見せなかった。
『ブラックドック』は、風景と土地、そして時代の重みの印象が先に来る。人間も集団として風景の一部なのだ。風景・人間。動物が等価だ。犬だけでなく、ヘビも孔雀もトラも。中国ならではの視点もあるかもしれない。冷徹で温かい。
主人公のランの忘れがたい表情も見逃さないで欲しい。一度か2度しか見せない笑顔は、永遠に刻まれそうだ。ランとブラックドックの絆、町の人々との再会、なかなか向き合えない家族との関係、雑技団との交流の描き方も自然で格別な光景として残る。
監督はン『ロクさん』(15)や、2020年興行成績世界No.1を叩き出した『The Eight Hundred』を手掛けたグァン・フー監督。『ブラックドック』は、第77回カンヌ国際映画祭W受賞 《ある視点部門グランプリ》《パルムドッグ審査員賞》をはじめ、世界中の映画祭で36以上ノミネート、15以上の受賞を果たした。『長江哀歌 200⑥)』、『新世紀ロマンティクス 2024年』のジャ・ジャンクー監督が、ヤンさん役で登場しているのも特筆したい。そういえば、『ブラックドック』とジャ・ジャンクー監督作品には見た人にはすぐわかる共通点も見受けられる。同じような風景や時代。そして今はないかつての中国がノスタルジーと幻想性を含んで立ち上がる。
2025年9月19日(金) シネマカリテほか全国公開
THE SEVENTH ART PICTURES PRESENTS
第77回カンヌ国際映画祭 ある視点部門グランプリ
パルム・ドック審査員賞 W受賞
グァン・フー監督作品
出演:エディ・ポン 、 トン・リーヤー 、 ジャ・ジャンク―
監督:グァン・フー
2024年/中国/北京語/110分/カラー/シネマスコープ/5.1ch/原題:狗阵、
英題:BLACK DOG/G ©2024 The Seventh Art Pictures (Shanghai) Co., Ltd. All Rights
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配給:クロックワークス