©2013『ペコロスの母に会いに行く』製作委員会
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 自分が少しは知っている世界が描かれると、映画の見方は辛くなる。映画は観客の感情を巻き込むものだから当然だが、日頃、映画は嘘を楽しむものと公言している手前、矛盾を感じることも多い。認知症で施設に入った母と息子の姿をユーモラスに描く本作は、両親の介護に関わったわたしには微妙な内容だとおそれたが、うれしいことに杞憂だった。認知症になった母の人生を思いやりながら、遠慮なく面白がる息子の視点がとてもしっかりしている。心地よく笑えて、心地よく悲しくなる。そのバランスが素晴らしい。

©2013『ペコロスの母に会いに行く』製作委員会
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 人気を博した岡野雄一のエッセイ漫画の映画化。禿げ頭ゆえにペコロス(小さな玉ねぎ)とも称する雄一(岩松了)は、惚けてきた母みつえ(赤木春恵)の世話に困り、グループホームに預ける。母を見舞えば、彼の禿げ頭を見て母は息子だと確認して安心する。見過ごしてしまいそうな母のささやかな反応や行動から、彼は母の生きてきた時間を精一杯想像し、その人生を愛で、老いていく母に無器用に、しかし懸命に寄り添う。

 記憶があいまいになり、過去と現在を自由に往還するみつえの精神世界がおおらかに展開される。現実に回想や夢想が入り混じる作品は、よほど丁寧に紡がないと、乱暴で分かりにくく、無神経さだけが印象に残る場合がある。しかしこの映画にはそういう無神経さがない。現実は滑稽で切なく愛らしく、回想や夢想は甘く懐かしい情緒にあふれ、どちらも楽しく、どちらも豊かで、場面転換が実に滑らかでうっとりする。

©2013『ペコロスの母に会いに行く』製作委員会
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 みつえは、オレオレ詐欺の電話がかかって話を真に受けても、受話器を置いたまま忘れてしまう。弟が訪ねて来たので茶菓子を用意しても、自分が飲み食いしてしまう。訪ねて来た弟も惚けかかっていて仏間で居眠りしている。雄一の帰宅を遅くまで駐車場で待ち受け、母子そろって悪童に妖怪扱いされる。愉快なエピソードがいっぱいだ。そして、子沢山の農家の長女だったみつえの若き日の苦労、結婚、酒癖の悪い夫(加瀬亮)の錯乱と暴力と愛情が、ほどよいタイミングで挿入される。赤木春恵の、設定にそぐわないきれいな髪形やアイメイクも気にならなくなる。森﨑東監督の老練な演出の賜物というべきだろう。

 この映画を、もしもわが母が存命中に観たらどうだっただろうと考えてみる。少しは母の失敗を笑ってやり過ごすことができただろうか。少しは母の人生を思いやることができただろうか。残念ながら、わたしにはできなかっただろうと思う。それどころか、現実のわが身の苦しさに押しつぶされて、映画そのものを憎らしく思ったかもしれない。いま、母はあの世にいるので、安心して「おかあさん、あなたの人生に想像力の足らない娘ですみませんでした」と謝ることができる。この映画はわたしの人生を鋭く優しく批評する。
                                   (内海陽子)

ペコロスの母に会いに行く
2013年 日本映画/ドラマ・コメディ/113分/監督:森﨑 東 /原作:岡野雄一/出演・キャスト:岩松 了(岡野ゆういち)、赤木春恵 原田貴和子(岡野みつえ)、 加瀬 亮(岡野さとる)、竹中直人(本田)、大和田健介、松本若菜、原田知世、宇崎竜童、 温水洋一、穂積隆信、ほか/配給:東風
11/9(土)長崎先行上映決定! 11/16(土)より全国ロードショー 
『ペコロスの母に会いに行く』公式サイト http://www.pecoross.jp