オープニングに飛行機のジェット音が微かに響いたり、
遥か上空、無音で進む機影が見えたら、それはだいたい悲劇の予告だ。
映画『aftersun/アフターサン』にはそのいずれもがある。
そんな深読みを誘い、見る者の心を鷲掴みにする作品の登場だ。
すでに映画賞220ノミネート、71受賞(3/6時点)。
海外メディアも絶賛する『aftersun/アフターサン』の
北米配給権を獲得したのは、またもやA24というから、折り紙つきだろう。
はたして、1987年スコットランド出身のシャーロット・ウェルズ監督のお手並みは。
11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともに
トルコのひなびたリゾート地にやってきた。
まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、
2人は親密な時間を過ごす。
20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、
その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、
大好きだった父との記憶をよみがえらせてゆく。
『aftersun/アフターサン』は、父親とふたりで過ごした夏休みを、
20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、
当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いた
ヒューマンドラマである。
この映画を作ったきっかけをシャーロット監督はこう語る。
「私は両親がかなり若い時にできた子供だったので、
幼い頃、父親はよく兄と間違えられていたんです。
父はちっとも気にしてない様子でしたが、
映画で描いたら楽しい関係性になりそうだと常々思っていました。
修了制作として映画化できそうなアイデアをいろいろと考えていた頃、
古いアルバムをめくって休暇の写真を眺めていたら物語の種が育ち始めたのです。
アイデアにじっくり取り組むことは、自分の思春期や両親、
とくに父との思い出を振り返るということでした。
最初はよくあるフィクションとして始まって、
書きながら過去を振り返るというプロセスが脚本に回顧的な視点を与え、
次第にパーソナルでエモーショナルな自叙伝へと変わっていった気がします」
一見、父と娘の思い出をつづった映画のようだが、少し違う。
冒頭のとおり、悲劇というか、ほんのりと死の香りが漂うのだ。
父はなぜギブスをしているのか。
なぜ、母親は同行していないのか。
旅先をなぜトルコに選んだのだろう。
ツインルームを予約したのにホテルの部屋にはベッド一つしかない。
さらに、父を映し出す場面で突然無音になるから不安が募る。
ワタシはふとこんな事を思いだした。
「人間にとっての最大のストレスは仕事である。
でも生きていくには仕事は必要だ。
でも仕事によって人間は疲れ壊れていく」
だれのコトバだったかな。
ひいては、そんな人間で溢れる地球にとって、
人間は地球の癌となる、と結んでいたっけ。
映画『aftersun/アフターサン』を見ていると、そんな感慨に耽ってゆく。
父カラムを演じる役者ポール・メスカルが素晴らしい。
感情を押し殺し、年頃の娘と対峙する姿がいじらしい。
そのカラムが抱える不安の原因がじわじわと滲み出てくるも
はっきりとはせず共有できない。
これが新鋭シャーロット監督の狙いと持ち味なのだろう。
自叙伝といわれる所以がそこにある。
映画はやがて、1981年の名曲『アンダー・プレッシャー』に包まれる。
フレディ・マーキュリーとボウイの共作による楽曲だ。
ふたり共にもうこの世にはいない。
そこにこの映画の本筋があるようでたまらない。
映画館を出てからその歌詞を調べてほしい。
そして存分に余韻に浸ってほしい。
プレッシャーに負けるな!
こんなメッセージも聞こえてくる、大切にしたい映画だ。
『aftersun/アフターサン』
5月26日(金)より
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国公開
監督・脚本:シャーロット・ウェルズ(初長編監督作品)
出演:ポール・メスカル(ドラマ「ノーマル・ピープル」『ロスト・ドーター』)、
フランキー・コリオ、セリア・ロールソン・ホール
プロデューサー:アデル・ロマンスキー、エイミー・ジャクソン、
バリー・ジェンキンス、マーク・セリアク
キャスティング・ディレクター:ルーシー・パーディー
プロダクションデザイナー:ビラー・トゥラン
衣装デザイナー:フランク・ギャラチャー
音楽:オリヴァー・コーツ
サウンドデザイナー:ヨヴァン・アイデル
編集:ブレア・マックレンドン
撮影監督:グレゴリー・オーク
製作総指揮:エヴァ・イエーツ、リジー・フランク、キーラン・ハニガン、
ティム・ヘディントン、リア・ブーマン
原題:aftersun/2022 年/イギリス・アメリカ/カラー/ビスタ/5.1ch/101 分 字幕翻訳:松浦美奈 映倫:G
© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:ハピネットファントム・スタジオ