認知症の母親の飲酒問題に困り、紹介されてアルコール専門外来のある病院へ行ったら、冷たく追い返され、精神科医も思いやりにあふれた人ばかりとは限らないと知った。辛い体験だったので『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』に登場する精神科医(高田聖子)の魅力と有能さに救われるような思いがした。そしてアルコール依存症の治療に向き合う人たちのご苦労を思って多少反省もした。うっかり認知症の年寄りなどを連れて行ってはいけません。

この映画の素晴らしさは、全体が軽快さに貫かれている点にある。朝起きてから寝る(気絶する)まで酒を飲み続ける元報道カメラマン(浅野忠信)は、何度も断酒に失敗したあげく、精神病院のアルコール病棟に入院。ここに逗留する人々は「塀の中の懲りない面々」さながら個性豊かで人間味にあふれ、ときに互いに挑発して一触即発の状態に陥るが、描写は常に明るい。

浅野忠信はいつものように「浅野忠信」のまま難なく主人公になりおおせ、特別な減量やメイキャップもせずに、酒に心身をむしばまれて、家族と人生を失っていく男をひょうひょうと演じてみせる。 
主人公が怒気を見せるのは食べ物のことくらいで、胃に負担のない食事しか摂れない彼が、他の患者がのんきに食べる「カレー」にこだわる姿は、とびきり人間的でユーモラスな見せ場だ。アルコールがぬけると食欲が増進し、体力がつき、また飲酒が始まる場合も多いらしい。適度の飲酒は辛い体験を救うが、辛い体験は過度の飲酒を勧める。想像できる自分が恐ろしい。

二人の子を抱えて働く妻役の永作博美は、夫の余命を知って「かなしい」のか「うれしい」のかわからない女心を、ちらりと短刀をのぞかせるようにして演じる。重苦しい愁嘆場はほとんどなく、夫婦の関係は終始絶妙なバランスが保たれている。70歳を超えた東陽一監督のウィットと誠実な視点が光る傑作である。

(内海陽子:更新2010年11月)

■2010年日本映画/118分/監督:東陽一/出演:浅野忠信、永作博美、市川実日子
『酔いがさめたら、うちに帰ろう』オフィシャルサイト