『紙の月』映画レビュー その2

(C)「紙の月」製作委員会
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 かつて小さなメッキ屋を営んでいた我が家には、某信用金庫の営業の人がよくやって来た。現金や書類でふくらんだ鞄を見ると、失くしはしないか、盗まれはしないか、あるいは現金を盗みたくならないかと子ども心に思った。われながら品のよい子ではなかったということだ。この映画を観ると、そういうことがあっても内部で処理することもあるとわかるが、それはまた別の話だ。

  銀行の営業係をしている主婦・梨花(宮沢りえ)は、裕福な平林(石橋蓮司)から200万円を預かった。だが彼の孫である大学生・光太(池松壮亮)の熱い視線を浴びて一線を越える。彼との贅沢なデートのために横領した金は、おそらく社内で処理できる範囲を越え、どんどん増えていく。観ていると、犯罪というよりなにか大いなる冒険に巻き込まれたかのような気持ちになる。

 光太の視線が梨花の女心にどんな変化をもたらしたのか、彼女自身にもよくわからないに違いない。恐ろしいのは、金の着服が一回ではすまず、彼と関係を持ってすさまじい勢いでエスカレートしていくことだ。高価な化粧品、一流ブランドの服、ホテルのスイートルームでの逗留、豪華マンション暮らし。初めは返済する意思のあった彼女は、金を“拝借”することそのものに馴れていく。

 宮沢りえのうすい体つきや貧血症のような顔色が、梨花の内心の怯えを伝えてあまりある。一般の人の生活や心情から遠く離れたところに立ち尽くしている彼女の孤独感が肌に伝わる。女優・宮沢りえではなく、梨花というひとりの女がリアルに立ちあらわれる。2014年度「東京国際映画祭」コンペティションで最優秀女優賞を受賞したのも納得の名演である。

 くわえてすばらしいのは、梨花の同僚・隅を演じる小林聡美だ。何をしでかしてもおかしくない梨花の様子に早くから気づき、無意識に彼女の犯行を見抜き、やがて来る裁きの時を静かに待っている探偵のような存在。原作にはないこのキャラクターは観客に近い第三者的視線の持ち主であり、梨花自身の理性の代弁者でもあるだろう。わたしは二人の決戦のときを待ち望むようになる。

『桐島、部活やめるってよ』でめざましい演出を見せた吉田大八監督は、本作でも一瞬も緩みのない演出で、梨花という女の欲望と自己解放を究極まで追いかける。原作では逃亡に成功し、異国の地で身をひそめている梨花が描かれるが、映画ではまた違う解釈も成り立ちそうな展開になる。

  ラストシーン。警察に捕らえられた梨花の妄想ではないかという、凡庸で良識的解釈をわたしは捨てられないが、あなたはどうだろう。スリリングなヒューマン・サスペンスを観ることは、自身の内部に巣食うさまざまな衝動や欲望について考えをめぐらし、思いもかけない自身に出くわすことにほかならない。
                               (内海陽子)

紙の月
■2014年日本映画/上映時間:126分/監督:吉田大八/出演:宮沢りえ、池松荘亮、小林聡美、大島優子、田辺誠一、近藤芳正、石橋蓮司 ほか
オフィャルサイト:http://www.kaminotsuki.jp/

紙の月 映画レビュー その1