演じることの歓びはいくつもあるだろうが、自分を解放してくれる監督に会えることもそのひとつだろう。染谷将太も二階堂ふみも、自分をおしころすような演技ではなく、若いエネルギーを爆発させるような陽性の演技を見せる(させられる)。描かれている世界は重いけれど、彼らは軽快にこの重い世界を駆けめぐる。そこにこそ、この映画のめざす真の希望がある。
大地震で崩壊した水辺に住む住田祐一(染谷将太)の家庭はとっくに崩壊しており、彼はまるで夢遊病患者のようだ。何かにつけ彼におせっかいを焼く茶沢景子(二階堂ふみ)をうっとうしく思いながら、彼は中年の隣人たちに支えられるようにして生きている。特別ではなく普通の存在でありたい彼にとって、教師の「君たちはひとりひとり特別だ、がんばれ」というエールはひどく偽善的に響く。そう思う彼の感受性はしごくまともなのに、世界は妙に歪んでしまっていて彼を苦しめる。
こんなふうに世界と自分自身との折り合いがつかずに心の安定を見出せない主人公はわたしを慰める。自分と似ているからだ。彼が狂気に走っているかのように見えるのは正常な感性がもがいているだけだ。わたしはそれを受け止め、彼が本来持つ健康な力で世界との折り合いをつけ、心のバランスを取り戻すまでを手に汗握って見守ることになる。どん底から浮かびあがろうとする彼の先にはもはや希望しかない。なんという前向きで雄々しい映画だろう。
この映画の雄々しさは、脇をかためる中年たちの上機嫌な演技にもよく現われている。園子温監督「冷たい熱帯魚」の主要メンバー、吹越満、神楽坂恵、でんでん、渡辺哲、諏訪太郎、黒沢あすからが、住田少年のまわりで舞い踊っているようだ。生きることは楽しむこと。その中には殴ったり、蹴ったり、罵ったりすることも含まれるのだ。今回は「あぜ道のダンディ」の光石研が暴力親父の役で登場、従来のイメージを裏切る憎まれ役を嬉々として演じる。
全員がよく汗をかいた後に、そっとやってくる “理解”。すったもんだして転がりまわって、ようやくわたしたちは得がたい宝石のような“理解”を見出すのかもしれない。希望は与えられるものではなく、みずからつかみ取るものだという単純なメッセージが奇跡のように美しく眼の前に広がる。
(内海 陽子)
ヒミズ
監督 :園子温
キャスト:
染谷将太 二階堂ふみ
渡辺 哲 吹越 満 神楽坂 恵 光石 研 渡辺真起子 黒沢あすか でんでん 村上 淳
窪塚洋介/吉高由里子/西島隆弘(AAA)/鈴木 杏
2012年1月14日(土)新宿バルト9、シネクイント他全国ロードショー
製作・配給:ギャガ
ⓒ2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ
公式サイト http://himizu.gaga.ne.jp/
【関連記事】
・ヒミズ レビュー(池辺 麻子)