『ばるぼら』映画レビュー(感想)

『ばるぼら』は、あなたの知らない世界への入口になるような作品だと思う。『ばるぼら』を見ることで、興味を惹かれることが増えていくのではないだろうか。

ミューズ、詩、ジャズ、エロティシズム、耽美、オカルティズム、ダンディズム、デカダンス、アート、新宿、自然。

雑多な要素が一体となって、独特の映像世界が繰り広げられる。上品な怪作だ。

手塚治虫の1973年(昭和48年)の大人向けコミックが原作。生誕90周年を記念して、手塚治虫の長男の手塚眞監督が手掛けている。

撮影監督に、オーストラリア出身のクリストファー・ドイルを起用している。透き通った味わいの映像は、ゴミ置き場、ホームレス、人込み、カラスですら普通には見せない。

そこにあるのは、紛れもなく現代の新宿なのに、魅力極まる異世界が広がる。

現代だと、かろうじてわかるのは、スマホなどのガジェットや、今現在の新宿の風景なのだけれど、その奥に広がっているのは、70年代の新宿の手触りだ。

なぜなのだろう。光の加減や色調や音楽のおかげだろうか。ばるぼらの口調のせいだろうか。

そんな郷愁に満ちた新宿の、ガード内の水たまりで出会う男女は、豪奢な生活を送る流行作家、美倉(稲垣吾郎)と、破れたコートに臭いブーツ、髪を金髪に染めて、酒瓶を抱えたフーテン(家出少女)のばるぼら(二階堂ふみ)。

二人を結びつけるのは、「秋の日のヰ゛オロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるにうら悲し」で始まるヴェルレーヌの詩だ。

当初は不協和音を奏でていた二人の関係は、やがて変化し、深化していく。ばるぼらは美倉の心を捕らえていく。

ばるぼらは、奇妙に魅力的だ。無邪気で可憐な少女にも見えるけれど、黒魔術を駆使する邪悪な一面もある。男を堕落させる魔性の女だ。

ばるぼらに目が離せなくなって、わたしも美倉の目線になってしまう。クリストファー・ドイルが得意とする、スローなカメラで描かれるばるぼらは、エネルギッシュで引力が強い。

しかも、二階堂ふみは、手塚治虫の漫画からそのまま抜け出たようだ。リボンの騎士のサファイア王女のようにも見える。

一方の美倉は、クールで美しいけれど、芯を感じさせないぼんやりとした印象で、ばるぼらに引きずられるままになっている。

ばるぼらを失うか失わないかの瀬戸際まできて、ようやく灯がともったようにエネルギーが宿る。終始受けの演技できた稲垣吾郎の真価が発揮される瞬間でもある。

そこまできて、この作品が、創作者の生みの苦しみを描いたものだと気づいた。何かを作り上げるには、自分の中のすべてを注ぎ込まなくてはならない。犠牲にするものも多いだろう。

70年代と現代が真に結びつく。たくさんの人気作品を残しながら、60歳という創作意欲がほとぼしる若さでこの世を去った、手塚治虫の無念ととともに、彼の創作への強い思いが伝わってくる。

オライカート昌子

ばるぼら
シネマート新宿、ユーロスペースほか全国公開中!
配給:イオンエンターテイメント
© 2019『ばるぼら』製作委員会

出演:稲垣吾郎 二階堂ふみ
渋川清彦 石橋静河 美波 大谷亮介 片山萌美 ISSAY / 渡辺えり
監督・編集:手塚眞 原作:手塚治虫 脚本:黒沢久子 
撮影監督:クリストファー・ドイル / 蔡高比 
プロデュース:古賀俊輔 プロデューサー:アダム・トレル 姫田伸也 
共同プロデューサー:湊谷恭史 ステファン・ホール アントワネット・コエステル
キャスティング: 杉野剛 照明:和田雄二 録音: 深田晃 美術統括:磯見俊裕 美術:露木恵美子 
音楽:橋本一子 扮装統括:柘植伊佐夫 助監督:吉田聡 制作担当:奥泰典

制作プロダクション:ザフール 配給:イオンエンターテイメント 宣伝:フリーストーン
スペック:2019年/日本・ドイツ・イギリス/100分/カラー/アメリカン・ビスタ/5.1ch/R15+
公式HP: https://barbara-themovie.com