ときどき郷愁のようなものを覚えて観たくなるのがアレハンドロ・アメナーバル監督の『アザーズ』(2001)だ。古い館に住む、死者たちから見た世界を奥ゆかしく神秘的に描き、母役のニコール・キッドマンがきわめて美しい。家や生者に憑りついて悪さをする、いわゆる“悪霊もの”がすべて愚作に思われて頭から吹っ飛んでしまう。
何か悪さをするのは常に生きている者であり、死んだ者は悪さなどできるはずがない。『アザーズ』ように、ときとして自分が死んだことにも気づかず、外界の変化にひたすら怯えているのである。わたしはこの映画のおかげで、死者側に感情移入して世界を見る快楽と謙虚さを知った。
こういう立場から『死霊館』を見ると、善良な一家を脅して震え上がらせるこの死者たちは、なんというエネルギッシュなすれっからしなのだろう。死者の風上にも置けない。こういうたちの悪いやつらは許せん、と高飛車に構えているうち、映画好きならではの怖いもの見たさの心理が働き、次第に興がのってくる。特に目隠しをした母と娘の“かくれんぼ”で、衣装ダンスの中の何者かが合図の手を叩くところでぐいと引きずり込まれる。
邪悪な霊は家族の心をじわじわと侵食し、痣だらけになった母キャロリン(リリ・テイラー)に憑依する。彼女が被害者から加害者へと一変する姿に拍手するのは、小柄ながら強靭な肉体を持つ演技派テイラーが演じるからだ。大暴れする彼女を受け止めるのは悪魔研究家のロレイン(ヴェラ・ファーミガ)。こちらもその優美な容姿からは想像もつかない貫禄ある立ち回りを見せる。悪魔と天使。闇と光。キリスト教文化圏ならではくっきりした対立概念のもと、母親同士の一騎打ちは最高潮に達し、納得のゆくオチを迎える。
ところで試写室内で小耳にはさんで気になったことをひとつ。ある女性が宣伝部の方に「これは実話の映画化だから見に来た」と素朴な声で言った。彼女は“実話”に価値を見出すようだが、ミステリアスな出来事の場合、実話であるかないかにどういう差異があるのだろう。そしてそもそも映画作品を観るとき、実話であるかないかにどういう差異があるのだろう。映画は夢あるいはマジックであるからこそ素晴らしい。映画を楽しむことは嘘を楽しむことなのだから。
(内海陽子)
死霊館
2013年 アメリカ映画/ホラー/112分/監督:The Conjuring/監督:ジェームズ・ワン(ソウ (2004)、インシディアス (2010)、デッド・サイレンス ( (2007)/出演・キャスト:ヴェラ・ファーミガ(ロレイン・ウォーレン)、パトリック・ウィルソン(エド・ローレン)、ロン・リヴィングストン(ロジャー・ペロン)、リリ・テイラー(キャサリン・ペロン)ほか/配給:ワーナー・ブラザース
10月11日(金)、新宿ピカデリーほか公開
『死霊館』公式サイト http://www.shiryoukan-movie.jp/