
『ブルータリスト』は、甘美で大胆な大作映画だ。ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ザ・マスター』や、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』に通じる骨太さある。色彩やカメラワークは個性的で豊かだ。どことなく官能的な空気感もあり不思議な暖かさと肌を刺すようなピリリとした刺激もある。
『ブルータリスト』の主人公のラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は、ハンガリーで著名な建築家として活躍していた。第二次大戦を経てホロコーストから生還。彼が向かったのは新たな大地としてのアメリカだった。妻と姪とは長いこと生き別れたまま。アメリカでは、家具店を営むいとこを頼る。彼の苦難の人生は戦後のアメリカのありさまと重なっていく。
『ブルータリスト』の監督、ブラディ・コーベットは、若干38歳。子役出身の俳優で『シークレット・モンスター』、『ポップスター』を監督し高い評価を得た。
『ブルータリスト』は、カメラのショットの個性が際立つ。その個性を上回る気品があるのは、優れた俳優の起用と演出のおかげだろう。俳優出身の監督の力なのか、主演のエイドリアン・ブロディや共演のガイ・ピアースも、フェリシティ・ジョーンズも今まで見たことがないほど深淵で心惹かれる表情を見せてくれる。それを見るだけでも『ブルータリスト』には価値を感じた。映画とはこれほどの世界を作り上げることができるのか。
ところで、ブルータリストとは、聞きなれない単語だ。ブルータリズム建築というのは、戦後一時的に流行したモダニズム建築の一種だ。私はガチガチの古典主義的建築物のファンなので、あまり美しさを感じないけれど、美の基準は人による。あなたはどう感じるだろうか。
映画自体、ヴェネツィアの古い街並みをを延々と見せるシーンがある。殺風景なブルータリズム建築と比較するような皮肉さを感じた。
ところで、ブラディ・コーベット監督の俳優出演作に、『愛、アムール』のミハイル・ハネケ監督が自作をセルフリメイクした『ファニーゲームU.S.A.』がある。できれば二度と見たくないトラウマ級のスリラーだ。優れた監督との仕事は俳優にとっても有意義だっただろう。不穏と皮肉さを気品で包む作風を伝授されたのではないかと想像してしまった。
『ブルータリスト』には、躍動感と温かみがある。ポール・トーマス・アンダーソン監督作品やミハイル・ハネケ監督作品にはない種類のものだ。これこそブラディ・コーベット監督が持つ才能と若さのほとばしりと感じた。『ブルータリスト』は、今年最も見逃せない作品になるはずだ。
ブルータリスト
2月21日(金)より全国ロードショー
TOHOシネマズ日比谷では先行公開中
監督・共同脚本・製作:ブラディ・コーベット
共同脚本:モナ・ファストヴォールド
出演:エイドリアン・ブロディ、フェリシティ・ジョーンズ、ガイ・ピアース、
ジョー・アルウィン、ラフィー・キャシディ
2024年/アメリカ、イギリス、ハンガリー/ビスタサイズ/215分/カラー
英語、ハンガリー語、イタリア語、ヘブライ語、イディッシュ語/5.1ch
日本語字幕翻訳:松浦美奈
原題「THE BRUTALIST」
配給:パルコ ユニバーサル映画
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※本作は15分のインターミッションが入ります。