ヒューゴの不思議な発明の画像
(c)2011 GK Films. All Rights Reserved.
第84回アカデミー賞開催直前、最多11部門ノミネート、ゴールデングローブ賞監督賞受賞の『ヒューゴの不思議な発明』のマーティン・スコセッシ監督が来日しました。その模様をレポートします。また小雪さんも会場に駆けつけ、作品への感動を伝えてくれました。

この映画は初めてのタイプで特別な映画

マーティン・スコセッシ監督は、「この作品は私にとって特別なものです。この作品で描かれるマジックと愛を日本の観客にも理解していただけると嬉しいです」と挨拶。

小雪さんは、「『ヒューゴの不思議な発明』は、ストーリー、脚本、美術、衣装、キャスティングなどが全て完璧。3Dがキャラクターに奥行きがあり、ストーリーに引き込まれ、その世界に入り込めて、あっという間の2時間6分でした、夢の中にいるように感じさせられました。

また「この作品は子供から大人まで、デートにもあっていると思います。現実の世界を忘れて、スコセッシ監督の魔法の世界に陶酔できると思います」と付け加えました。

スコセッシ監督は。「作り始めたときは子供向けの映画になると思っていたのです。作っているうちに、これは全年齢を対象にした映画なのだと思いました。7歳ぐらいから108歳まで楽しめると思います。大切だと思うことはこの映画では子供の心の中の世界、自由に羽ばたく世界を描いた作品だということです」と語りました。

マーティン・スコセッシ監督と小雪さんの画像アカデミー賞最多11部門にノミネートされている、または、日本でも公開前から注目度が上がっている、そのような状況について監督はどの様にお考えですか?という質問には「この映画は私にとってとても特別な映画なので、興奮しています。このようなタイプの映画は今まで撮ったことがないし、個人的な映画でもあります。

なぜ個人的かというと、私にはもっと年の行った娘たちのほかに、12歳の娘がいます。私のように年をとってから、年の若い子供がいるというのは、新しい経験をもたらしてくれます。この12年間はその新たな経験が織り込まれ、深く関わった生活でした。子供の感性や思考、イマジネーションにとても影響を受けています。

そしてその経験から、この世界に関してより自由な考え方をするようになりました。私の創造性にインパルスをもたらした時代に帰ったような感じでした。再び創造する力が戻ってきて、例えば、再び絵を描き、物を動かしながらストーリーを伝えたりするようになりました。

仕事をする場合には、成熟した大人であることは大切なのですが、元々自分が持っていたピュアな創造性は、阻害されてはいけないと思うのです。『ヒューゴの不思議な発明』については、妻が私に「なぜ一度だけでも子供が見れる映画を作らないの?」と言われたことがきっかけです」と情熱を込めて語っていました。

今までの3Dには怒りもあった

3Dが素晴らしく、子供の視点から怖さが伝わってきた。3D撮影はどうだったのかという質問については、「3Dについて褒めてくれてありがとう」と嬉しそうでした。さらに、「3Dに関しては長年夢中になってこだわっていました。何年も前にビューマスターという3Dビューワーがあったのですが、それは覗き込むとものが立体で見えてくるのです。奥行きがあり、とても可能性を感じました。

マーティン・スコセッシ監督の画像今回の映画では、キャストの衣装合わせのときに面白いことに気づいたんです。役者たちをカメラの前に置いたらどうだろうかとやってみたら、観客側から見ても手に届くように思えたのです。それで俳優は背景ではなく前においてみると、すぐそこにいるような効果があったんです。まるで彫像のように立体的なわけなのです。

美術・設計等もできるだけ初めから3Dでデザインするようにしました。いろいろ試してみました。中にはやってはいけないよ、と言われていたこともやってみました。今までの仕掛け的に思われている3Dに対して怒りもあったんです。なぜなら、普段の人の目から見たら全ては色も形も3Dなんですから。3Dは、より自然なんです。それにストーリーを語らせたいと思いました。

『ヒューゴの不思議な発明』はもともと3Dにとても適した作品だと思います。主な舞台が大きなセットで建てられた駅舎で、3Dにより奥行きと雰囲気を出すことができました。ですので撮影監督のボブ・リチャードソンを呼んだのです。

彼は奥行きのある空間に雪や埃が舞い散る様子などを作り上げてくれました。それはさながら、スノーボールの中にいるような感覚です。子供のころ、あのスノーボールの中にすんでみたいと思いませんでしたか?あのような感じです」と語っていました。

子供のころは喘息がひどくて映画に行くのが唯一の楽しみだった

ヒューゴには監督の投影があるのか、子供のころの映画との関わりは?という質問に、マーティン・スコセッシ監督は、「主人公のヒューゴとわたしの間に共通点があるのに私自身は気づいていませんでした。撮影が始まった後、妻とプロデューサーに言われ、そういえば似ていると初めて気づきました。

子供のころのわたしはひどい喘息があり、とても疎外された環境にいました。医者にどんなスポーツも、どんな植物環境も、どんな動物に近づくことも禁じられていたのです。労働者階級の子供は、普通読書にも親しんでいません。ですから、唯一許されていたのが、映画に行くことでした。他には教会だけでした。

基本的に映画に行くというのは、わたしが父とコミュニケーションをとる唯一の方法でもありました。ただ一緒に映画を見るだけで、言葉を交わすことはなかったのですが。

マーティン・スコセッシ監督の画像本当に素晴らしい映画を見ましたよ。ビリー・ワイルダーや、ジョーズ・スティーブンスなど。1947年、1952年などの映画を覚えています。そして、一緒に映画を見た経験が、私に心理面でも、感情的にも大きな影響を与えました。父と強い絆を感じたのです。が、『ヒューゴの不思議な発明』の主人公ヒューゴに起きたことでもあると思います。

特に西部劇に夢中だったんです。なぜなら私が喘息のせいで禁じられていたことがそこに全てありましたからね。荒野、山、馬、犬、カウボーイ。映画鑑賞という意味で、父や家族と絆が育まれたのです。

私が映画を作ることができるようになってからは、私が見てきた映画とは違った作品を撮ることになりました。イタリアやフランスや日本、ジョン・カサベテスの映画の影響を強く受けるようになったんです。最初に映画を作るときはとても緊張しました」と、自分と映画のかかわりについて熱く語っていました。

映画を作ることは一種の戦争に挑むこと

ジョルジュ・メリエスの時代と今と映画を作るうえで制約があるとしたらどんなことですか?という質問には、「当時、制約があったかどうかはわかりません。当時は世界が大きな変化を迎えた時代でした。産業革命が起き、飛行機や車や映画などが発明され、1914年の第一次世界大戦が始まるまでは、みんながユートピアを思い描いた時代でした。

テクノロジーが文明を変革したのです。当時起こっていたことは、現代に起こっていることと同じではないかと思います。映画は認識しづらいものになりました。それは悪いことだとは思いません。新しいツールによって変化が起きているのです。かといって、制約があるとは思いません。

マーティン・スコセッシ監督の画像ドレイファス・アフェアというフランスで起きたドレイファス事件を基にした映画をメリエスが作っています。彼は、ファンタジー系の映画が有名ですが、政治的な映画を撮っているのです。メリエスはシネマや特殊効果など映画技術を全て発明した人です。

政治的や技術的なことはともかく、金銭的な制約は確かにあります。お金がなければ機材、人材的に制約があります。ただ、物語を語る上では、伝え方ということがあります。

現代は、金銭的な制約ですら、関係なくなっているのではないでしょうか。私は年が行っているので間違っているのかもしれませんが、現代では技術によって、あまりお金を使わずに映画を作ることができるのではないかと思います。インターネットなど新しい媒体が登場し、新しい配信法もあります。わたしが、先ほど映画が認識できないものになっているといったのは、そういう背景を指しています。

とはいえ、私が作っているような大きな予算で作る映画がなくなることはないと思います。その方法では、状況を受け入れ、リスクを引き受けなくてはなりません。一種の戦争に挑んでいるようなものです」と語っていました。

『ヒューゴの不思議な発明』に出会えたことは、祝福だった

1970年代の『タクシードライバー』や、『ミーン・ストリート』、現代の『シャッター・アイランド』にも、一貫して監督が大切にしていることは何ですか、と言う質問には、「私には、(映画に対して)個人的なつながりを感じられるかどうかが大切なのです。そういう意味では、本物の映画監督と思っていません。本物の監督というのは、いかなる題材でも、いかなる様式でも上手く作品を撮ることができるということです。わたしはそうではないのです」

「ヒューゴにはとても個人的なつながりを感じています。以前1950年代ですか、イギリスの映画で『マジックボックス』という映画がありました。それも映画の発明について描かれた映画なのですが、夢中になりました。

そして考えることは、いろいろな要素が作品の中で共存できるのかということです。自分が興味を持っているのは、よりタフな世界なのか、あるいは愛について描きたいのかですね。

『ディパーテッド』や『シャッターアイランド』などは感情的にも道徳的にも描き尽くした、これ以上語ることはないという行き止まりのところまで行っています。その後に、この『ヒューゴの不思議な発明』に出会えたというのは、わたしにとって祝福でした」と締めくくりました。

ヒューゴの不思議な発明
オフィシャルサイト http://www.hugo-movie.jp/