アルゴの画像
© 2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
 映画好きなら誰もが映画の製作や演出を夢想するはずだ。映画はフィクションだからどんなに危険でも楽しい。だが、映画製作という嘘をつきながら脱出しなければならない羽目に陥ったらどうする? 演技以上にとっさの判断力と運が必要だ。この映画は実話だからすばらしいのではなく、素人がプロになりすまして危機をかいくぐるという映画ならではの設定がすばらしいのだ。

 1979年、イランのアメリカ大使館が過激派に占拠され、大使館員が人質になった。からくも脱出した6人の男女はカナダ大使邸にかくまわれた。彼らを帰国させるためにひねり出された作戦は映画『アルゴ』のスタッフのロケハンを装うこと。1980年、CIAの人質奪還のプロ、メンデス(ベン・アフレック)はプロデューサー補と称してイランへ入国、6人の説得にあたる。

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 ここに至るまでの裏の駆け引きがまたケッサクだ。『アルゴ』は空中戦のあるSF冒険映画で中東が舞台というふれこみ。脚本を用意し、ポスターを作り、「世間をだますならマスコミを利用しろ」と大言壮語して乾杯するのは、メンデスと特殊メイクのプロ、チェンバース(ジョン・グッドマン)、プロデューサー、レスター(アラン・アーキン)の3人。若手ベン・アフレックの“仕事”をベテランのグッドマンとアーキンが応援するのだから、この“映画製作という偽装による脱出”のハッピーエンドは約束されたようなものである。

 しかし6人の大使館員はこのハリウッド流のハッタリが気に入らない。誰だって、映画人を演じつつ危機を逃れて脱出するなどという離れ業に挑みたいわけがない。しぶしぶ自分の役割を受け入れた彼らが、次第にその役柄に気合いを入れて取り組むようになるとこちらの体温も上がってくる。過激派側は、シュレッダーで裁断された大使館員の写真を再現しようと躍起になり、やがて6人のうちひとりの顔が再現される……後は時間との勝負だ。

 クライマックスはスリリングきわまりなく、アフレック監督の腕が冴えわたる。ポスターをもらって喜ぶ兵士の姿が愉快で、どんな危機的状況にあっても映画好きはいるし、映画好きは憎めないと納得。わたしは命の洗濯をしたような心地よさを味わう。アメリカ政府がこの事実を長く機密文書扱いにしたのは、映画化にふさわしい環境が整うのを待つためだったとしか思えない。
                              (内海陽子)
アルゴ
2012年10月26日(金)丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
公式サイト http://wwws.warnerbros.co.jp/argo/