『インスペクション ここで生きる』映画レビュー 澄み切った覚悟と突き抜けた成長

主人公が大きな成長を遂げる映画は、決して珍しくないが、その飛距離が大き過ぎると、リアルな映画というよりは、ファンタジーに近くなってしまう。だが、『インスペクション ここで生きる』には、その心配はない。エレガンス・ブラットン監督自身の実話が映画化されているからだ。

『インスペクション ここで生きる』の主人公、フレンチは、ホームレス生活から抜け出す決心をする。彼が選んだのは、海兵隊員へのチャレンジだった。

死と向き合うレベルの過酷なブートキャンプ訓練。鬼教官の想像を絶するシゴキ。耐えるために必要なもの、その覚悟の正体にフォーカスするのが、『インスペクション ここで生きる』だ。

何かを変えなくてはならない。さもなければ、このままのホームレス生活が続いてしまう。16歳の時に見捨てられた母との関係も修復できない。だから、フレンチは海兵隊を選ぶ。どんなことにも耐える決心と共に。

彼の難題は、厳しい訓練だけではない。ゲイである彼にとって、欲望との戦いもあった。隠し通せるものではなく、ついに知られた時には、激しいリンチを受ける。

訓練も欲望も、まるで自分が体験しているように感じる。不条理過ぎる世界なのに、伝わってくるのは、確かな身体感覚。

A24製作の映画なので、泥臭さとは無縁だ。垢ぬけた鮮明でクリアな世界がスクリーン上に出現している。複雑な感情の描き方も、観念よりリアルな肌ざわりに転換され、映画を忘れがたい体験にしている。

特に強調したいポイントが二つある。一つ目は、主役フレンチ役のジェレミー・ポープの目が離せない美しさだ。静かな存在感が際立っている。この演技で、第80回ゴールデングローブ賞の最優秀主演男優賞(ドラマ部門)にノミネートされた。

もう一つのポイントは、アメリカ海兵隊の姿だ。「常に忠誠を」“The Few, The Proud.”(誇り高き少数精鋭)や Once a Marine, Always a Marine.(一度なったら、常に海兵)という標語は、この厳しい訓練をやり遂げた誇りと仲間意識に理由があるのがわかる。鬼教官は、「彼がこれをやり遂げたら、モンスターになるだろう」という。そのセリフからも、決してシゴキに悪意があるわけでないこともわかる。「ここで生きる」という覚悟には、澄み切った意思がある。

(オライカート昌子)

インスペクション ここで生きる
8 月 4 日(金)
TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国公開
2022年製作/95分/R15+/アメリカ
原題:The Inspection
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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