『サイレント・ナイト』映画レビュー

『サイレント・ナイト』と似たような状況にいたことがある。湾岸戦争中、パレスチナのジェリコの夫の実家で過ごしていた。サダム・フセインがイスラエル全土を毒ガス攻撃してくると言う情報が流れていた。

テレビでは、いかに毒ガスから身を守るかというテーマで番組が、組まれていた。イスラエル市民や、在イスラエル邦人にも毒ガス防御マスクが配られていたが、私のところには届いていなかった。義母はガラス窓をテープで密閉、というのどかな抵抗を試みていた。

今日が私にとって最後の日なのかと、考えながら、庭でお茶を飲み、ボブ・マーリーを聞いていた。多分死ぬことにはならないだろうとたかをくくっていたのだろう。

『サイレント・ナイト』の毒ガス状況では、苦しまずにあの世へ旅立てるよう、政府から全員に一粒のピルが配られている。

その日は、クリスマス・イブの日。田舎の広大な屋敷に、友人たちが集まり、クリスマスのディナーが開かれる。静かで厳かで楽しい晩餐にはならない。映画の中で開かれる晩餐パーティは、たいていがそうだ。言い争いが頻繁に起こる。

主題は”ピル”。飲むべきか、飲まざるべきか。苦しんであの世へ行くか、安らかで眠るようにあちらへ向かうか。

大体のことはスマホで調べて知っている、ネル(キーラ・ナイトレイ)の息子アート(ローマン・グリフィン・デイビス)は飲みたくないと思っている。政府の言っていること、テレビで流れていることが本当なのか、疑っているからだ。大人の方は、そのままうのみにしている。生き残る可能性は、全く頭にない。

日常と非日常が交錯する、最後の一夜。毒ガスとピルという非日常は、バックミュージックとして静かに流れているだけで、ほとんどは、通常の日常風景がイギリスらしいユーモアで描かれている。ゲームをし、ダンスをし、笑いにくるまれ愛する人とのひとときを楽しむ。悲惨な未来のカウントダウンを楽しさで追い払うように。

キーラ・ナイトレイ、マシュー・グッドが演じるホスト夫妻をはじめ、華やかな芸達者が揃っている群像劇のため、ホームドラマとして見ても十分な面白さがある。

そして、ガスが迫りくる

最後まで見てわかるのは、いろいろな形で大切な人に対する愛を描いていること。相手のためを思うそれぞれの行動。あなただったら、どうするのだろうか。ボブ・マーリーを聞き、庭でお茶を飲むしかないだろうか? 

(オライカート昌子)

サイレント・ナイト
全国絶賛公開中 
(C)2020 SN Movie Holdings Ltd
2021年製作/90分/G/イギリス
原題:Silent Night
配給:イオンエンターテイメント、プレシディオ