『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』

ジェームズ・ボンドの映画が、お気楽で豪華でファッショナブル、純粋にアクション娯楽シリーズだったのは、遠い昔だ。先代ボンドのピアース・ブロスナンが演じていたころまでは、日本の寅さん映画のように、観客の求めているものと、007映画の娯楽度が、ぴったりと一致した幸せな時代だった。

6代目ジェームズ・ボンドのダニエル・クレイグの映画に、”いわゆるボンド”映画の要素がなかったわけではない。彼の一作目の『007/カジノロワイヤル』は相当な優秀作だ。

その後の3作品、最新作の『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』まで、今までのボンド映画らしからぬシリアス風味の純度がプラスされた。単なるスパイアクションを超えた壮大なサーガとなった。

一作一作は独立して見ることができる。監督が違うせいか、続き物としては、次作が気になるわけでもないところは、中途半端。このダニエル・クレイグ版007サーガも、『007 ノー・タイム・トゥ・イ』で、壮大に幕を閉じる。描かれているのは、まさしく、滅びゆく世界だ。

『007/カジノロワイヤル』の最初で登場した粗削りで乱暴。孤独で無慈悲な男は、ヴェスパーとの悲恋で苦しみを知り、次作の『慰めの報酬』は復讐劇となる。そして、『007 スカイフォール』、『007 スペクター 』ではゆっくりと家族の姿が浮かび上がり、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、新しい家族が誕生する。守るものができたボンドはどう変わっていくのかが、『007 ノー・タイム・トゥ・イ』の見どころの一つだ。

魅力的だった未熟な男が、007サーガを通じて、経験と知識を積み上げ、成熟していく。その過程と求められている娯楽作品としての融合具合はどうなのだろうか。かろうじて可だったと思うけれど。

『007 ノー・タイム・トゥ・イ』も前半は、エンタメ超大作としての楽しさで微笑ませてくれる。特に二人目のボンドガールパロマとスペクターの誕生パーティに潜入していくパートは楽しさ満載。スピーディに華麗なアクションがさすが伝説の007シリーズと息を止めるほどの迫力。

ところが、一転してスペクターが壊滅し、ボンドは盟友との別れに直面する。滅びへの行進がスタートだ。ボンドは初めて心底から守りたい尊い存在と出会ってしまう。それは彼に何をもたらすのかが、『007 ノー・タイム・トゥ・イ』の一大焦点だ。

(オライカート昌子)

007 ノー・タイム・トゥ・ダイ
10月1日(金)全国公開
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2021年製作/164分/G/アメリカ
原題:No Time to Die
配給:東宝東和