『あの歌を憶えている』映画レビュー 知性派俳優二人が見せる新しい姿は見逃せない

思い出すと心が落ち着く映画がある。『あの歌を憶えている』は、ゆったりとしたリズムが映画を支配している。往年のヒット曲「青い影」と重なり合い、いつまでもひたっていたい気分にしてくれる。

ニューヨークブルックリンが舞台。男女の出会いを描いている。シルヴィア (ジェシカ・チャステイン ) とソール ( ピーター・サースガード )は、二人ともMemory(原題・記憶)に問題を抱えている。それがストーリーの推進力だ。

だが、ストーリーは甘くない。かつてアルコール依存だったシルヴィアは禁酒会(AA)に通っている。娘のアナ (ブルック・ティンバー)と静かな二人暮らし。行き来しているのは、妹家族のみ。たまには誰かに会うのもいいかもと、妹オリヴィア ( メリット・ウエヴァー ) に勧められ、同窓会に参加することにした。

そこで一人の同窓生の男が隣の席に座った。彼女が家に帰ろうとすると、そのまま後をつけてきた。なんのつもりで? 彼女に危害を与えるつもりだろうか。ストーリーは思いがけないラストに着地する。

『あの歌を憶えている』では主演二人の演技の素晴らしさが映画をきらめきで覆う。今までほとんど見せてくれなかった表情と姿を見せてくれるからだ。

アカデミー賞俳優のジェシカ・チャステインも、ヴェネツィア国際映画祭男優 賞に輝くピーター・サースガードも、私の印象では知生派俳優だ。しかも強くてクセがある。個性が輝くタイプだと思いこんでいた。

それが、『あの歌を憶えている』では今までのイメージがすっかり洗い流され、弱みもプラスされた人間味がシルヴィアとソールから滲み出ている。二人のゆっくりとした心の通い合いが寒い日に飲む温かいココアのような効き目がある。

監督は『或る終焉』でカンヌ国際映画祭脚本賞、『ニューオーダー』でヴェネツィア国際映画祭審査員大賞を受賞した、メキシコの俊英ミシェル・フランコ。

何度も流れる楽曲、「青い影」は1967 年のリリース。イギリスのロック・バンド、プロコル・ハルムのデビュー曲で、全世界で 1000 万枚以上を売り上げた大ヒット曲。ジョン・レノンが「人生でベスト 3 に入る曲」と語り、日本でも松任谷由実や山下達郎が影響を受けたと公言している。

(オライカート昌子)

あの歌を憶えている
© DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023
2/21(金)より新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開

第80回 ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門 男優賞受賞
(ピーター・サースガード)

第80回 ヴェネチア国際映画祭 最優秀作品賞 ノミネート
第7回 ブリュッセル国際映画祭 最優秀作品賞 ノミネート
第41回 ミュンヘン映画祭 外国語映画賞 ノミネート
第40回インディペンデント・スピリット賞 ベストリードパフォーマンス賞(ジェシカ・チャステイン) ノミネート

監督・脚本:ミシェル・フランコ『ニューオーダー』『或る終焉』
出演:ジェシカ・チャステイン『女神の見えざる手』、ピーター・サースガード『17歳の肖像』、メリット・ウェヴァー、ブルック・ティンバー、エルシー・フィッシャー『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』、ジェシカ・ハーパー『サスペリア』ほか
原題:MEMORY/2023年/103 分/アメリカ・メキシコ/英語/シネマスコープ/5.1ch /日本語字幕:大西公子/配給・宣伝:セテラ・インターナショナル