『マンチェスター・バイ・ザ・シー』映画レビュー

© 2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.
トップムービーにご寄稿いただいている内海陽子さんによると、映画とは「愛と死」を描くものなので、わざわざそれについて語る必要はないとのこと。マレーシア映画、『タレンタイム~優しい歌』(2009)の対談では、わたしはバリエーション豊かな死の描き方がポイントだと強く語ってしまっていた。

『マンチャスター・バイ・ザ・シー』でも、死はいくつもの顔をもって登場してくる。それよりはるかに大きい比率をもって描かれるのは生の方だ。見終ったときの、気分の良さや格別な味わい深さの理由でもある。何よりも生は大切。当たり前すぎることだけど。

かつて、リー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)は、兄や甥っ子と軽口を叩きながら、釣り三昧の休日を過ごしていた。今の姿は、ボストンに立ち並ぶ団地の何でも屋だ。粗大ゴミ出し、掃除、トイレの詰まりの解消などのこまごまとした雑事を、無言で淡々と繰り返す。その超然とした姿は、時に理解のない住民とのトラブルともなる。酒の席でも喧嘩を起こす。彼が問題を抱えていることは明らかだ。

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兄のジョー(カイル・チャンドラー)が倒れたとの知らせで、故郷のマンチェスターに向かい、そこで思いがけない責任を背負うことになってしまう。ずっと会っていなかった高校生の甥、パトリックの後見人に指名されたのだ。

彼には理由があり、その義務を果たすことは不可能だった。故郷に居を構えることも無理だった。でも兄は彼にそれを強要する。兄の家に滞在し、パトリックとの同居生活が始まる。映画はその様子と過去の姿を同時進行で描く。彼に起きたことの謎は、後半近くで明かされることになる。

彼に起きてしまった悲劇と絶望は、忘れることも、救われることもできないものだ。彼はその痛みとともに生きていかなくてはいけない。それでも日々は普通に過ぎていくし、食べなくてはならないし、寝なくてはならない、人との交流も必要だ。パトリックと少しずつ理解しあうこともできる。

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最大級の痛みを抱える男を描きながら、風景がもたらすゆったりとした空間や、ちょっと滑稽なひとときなどが、映画に独特の柔らかさとおかしみを与えていて、それが心地よさにつながる。悲劇が必ずしも暗くてつまらないわけではない。生には苦痛もあるけれど、くつろぎもあり、ユーモアもあるからだ。

アカデミー主演男優賞を受賞したケイシー・アフレックの演技は、力みがなくて、自然体で抑揚も少ない。ごく小さなふり幅で内部で起きている感情の大量の波紋を、確かに存在させる力量は圧巻。悲劇に似合い過ぎている俳優に思えて、今まではあまり好きではなかったけれど、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』での内面感情の緻密さは、他では全く目にすることのできないレベルだ。目を見張らされた。

(オライカート昌子)

マンチェスター・バイ・ザ・シー
原題:Manchester by the Sea
監督・脚本:ケネス・ロナーガン
出演:ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー、ルーカス・ヘッジズ、カーラ・ヘイワード
2016年/アメリカ/137分
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ユニバーサル作品
配給:ビターズ・エンド/パルコ
5月13日(土)シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
公式サイト :manchesterbythesea.jp