駆込み女と駆出し男 映画レビュー

 その人気と実力ゆえだろうが、大泉洋にはさまざまなジャンルの作品から要請があり、彼は機嫌よく加わり、相応の成果を上げる。だが個人的には「なにもこういう役柄を選ばずとも」と思うことがないではなく、ポスターを前に躊躇することもしばしばだ。このたびはどうかといえば、嬉しいことに久々のはまり役。いつもの大泉洋のまま、のびのびと登場人物、信次郎になりおおせている。

  美しいあじさいで知られる鎌倉の東慶寺は、江戸時代の縁切り寺、駆込み寺として有名だ。1841年、寺に駆込んだのは、豪商(堤真一)のお妾、お吟(満島ひかり)と鉄錬の名手、じょご(戸田恵梨香)、そして医者としても戯作者としても駆出しの信次郎(大泉洋)だ。東慶寺の門前には、駆込んだ女を吟味する御用宿・柏屋があり、信次郎は主人・源兵衛(樹木希林)の甥である。

  それぞれ事情を抱えた女たちは2年間を寺で過ごしたのち、夫からの縁切り状を受け取ることができる。その間、信次郎はじょごの額と頬の火傷痕を手当てしつつ、頻発するトラブルに体当たりで挑む。打たれ強いというかもまれ強いというか、大泉洋は骨惜しみせず、とぼけた笑顔を絶やさない。彼が駆け回るほどに女たちの明るい未来が保証される、そう思わせるのは彼の功徳である。

(c)2015「駆込み女と駆出し男」製作委員会
(c)2015「駆込み女と駆出し男」製作委員会
 いわゆる「想像妊娠」をした女の治療をするために東慶寺に入った信次郎に、男の匂いを察知した女たちがざわめくあたりは何かが起こりそうで背筋がぞわぞわする。治療する女と目を合わせてはいけない、浣腸する部位を見てもいけないと言われて信次郎は四苦八苦。卑猥になりがちな場面を、大泉洋は全てをのみ込んだ余裕のユーモアで演じ、場をみごとに温かくおさめてしまう。

『クライマーズ・ハイ』『わが母の記』の原田真人監督は、たたみかけるような歯切れのいい江戸弁を聞かせ、流れるような映像を繰り広げ、江戸の風俗をこれでもかというほどあでやかに切り取って見せる。美術や衣裳、着付けや着こなし、立ち居振る舞いもみごとで、大きなスクリーンによく映える。満島ひかりはお歯黒に眉なしという、当時の女房のメイクであだっぽさを見せる。いま、時代劇でこんなに納得のゆく美しい様子が見られるとは思っていなかった。

  その誠実な働きぶりと賢さが認められ、自然な美しさを取り戻した顔を輝かせ、じょごは2年を無事に務め終える。信次郎との間に芽生えた恋が実を結ぶのもまちがいない。お吟はどうかといえば、夫との縁切り願いには隠された女心があったとわかる。なんだかもったいぶった印象が強いが、これは“あだな女”へのわたしの想像力が不足しているせいかもしれない。

 なにはともあれ大泉洋の軽さはたとえようもなく“素敵”だ。これからも重厚な名優を目指すことなく、観客をもてなしていただきたい。
                               (内海陽子)

駆込み女と駆出し男
2015年5月16日(土)全国ロードショー
公式サイト http://kakekomi-movie.jp