わたし自身も周囲もわりあい粗雑な女が多いから、繊細な女らしさというものを信じてはいないが、この映画を観るとそういうものがあるかもしれないと思う。スクリーンに見入っていると、光とともに清涼な風が吹いてきて心が洗われる。こんな気持ちよさを味わうのは久しぶりだ。できることなら、四人姉妹のいる“向こう側”に行ってしまいたいという衝動に駆られる。
吉田秋生の人気マンガの映画化。三人姉妹の幸(綾瀬はるか)、佳乃(長澤まさみ)、千佳(夏帆)のもとを去った父が死んだ。かつて父は愛人との暮らしを選び、すず(広瀬すず)という娘をもうけた。すずの母は亡くなり、父は三度目の結婚をしていた。気性のしっかりした幸は、義理の母と一緒のすずの様子を見て自分たちとともに鎌倉の家に住もうと誘う。承知したすずは、初めのころこそ他人行儀だったが次第に打ち解け、四人は自然な姉妹になっていく。
親子関係というのは当事者になってみなければわからない。すずの母と父の関係は彼女の心をいまも縛り、姉たちに対して申し訳ないという気持ちが消えない。姉たちは母の再婚によって祖母に育てられ、特に幸は実の母への不信感が消えない。大叔母(樹木希林)はすずの同居に関して注意を促すが、そのことによって姉たちはかえってすずを庇うようになる。誰もが誰かに置き去りにされた感覚を持ち、それが姉妹の結束を強めていくかのようだ。
物語のゆくえもさることながら、四人それぞれのたたずまいが愛らしくて目が離せない。妻子ある医師(堤真一)とつきあっている幸は、ときどき隠しがたい憂いをにじませる。奔放な佳乃はいささか男運がわるいが、めげることはない。のほほんとした千佳は父のことを知らず、すずの語る父に興味を示す。すずは地元のサッカークラブに入り、生き生きした娘らしさを発散するようになる。
是枝裕和監督は、四人の娘の気質や行動を丁寧にリズミカルに描き分け、一人一人がヒロインであるかのように感じさせる。特に、幸役の綾瀬はるかがいかにもしっかり者の長女になりおおせ、母役の大竹しのぶと堂々と対決する姿には驚く。身体に一本、しなやかなすじが通っている。監督は「原節子」をイメージしたそうで、長身に長いスカートがよく似合う。彼女が家の階段を拭き掃除する姿ひとつとっても、清浄感にあふれていてうっとりする。
この映画ではかなり深刻になりそうな重い話が、くどくならずにさらさらと流れるように描かれる。全体がなんともいえないエレガンスに包まれている。唯一、リアルなものを持ち込みそうになるのは大竹しのぶだが、彼女は速やかに退場し、四人姉妹は解放されたかのように海辺でたゆたう。季節の風物もみな彼女たちの味方である。世界に祝福された娘たちに乾杯しよう。
(内海陽子)
海街diary
6月13日(土)全国公開
公式サイト http://umimachi.gaga.ne.jp