©2013『横道世之介』製作委員会
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  かつて『おにいちゃんのハナビ』(2010)の高良健吾について「作品ごとに常に初々しい」と書いた。これは映画評論家・野村正昭氏が、名優・大杉漣を評した発言のいただきである。非常に共感を覚えたので、これはという俳優には使わせていただこうと思うが、そういう俳優はめったにいない。今回『横道世之介』の主人公を演じる高良健吾は、またも予想以上に「常に初々しい」。わたしはそれを確認できた歓びで胸がいっぱいになる。

 横道世之介(高良健吾)は大学入学のため長崎から上京し、東京郊外のアパートに入居。人なつこいが図々しくなく、特別鋭くないが人の心の動きに敏感だ。そんな彼の日常生活が、彼と関わりを持つ人々の姿をからめてゆったりと描かれる。青春期のさまざまな出来事、人と知り合うこと、人を好きになること、自惚れること、愚かな振る舞いをすること等々に、ほどよい笑いがまぶされる。誰もが思い当たるデリケートな感情がぎっしりつまっている。

Wデートが縁で知り合った根っからのお嬢様・祥子(吉高由里子)が、世之介の帰省より先に彼の実家に上がり込んでいる展開が意表を突いて楽しい。その関係がよくつかめず興味津津の父(きたろう)と母(余貴美子)に見守られて夏を過ごす二人に、海辺で抱擁するチャンスが巡ってくる。そこへベトナムからの難民がわらわらと上陸、二人は疲れ切ったひとりの母親から赤ん坊を託され、キスどころではなくなる。この恋はなかなかスピードが出ない。

 ©2013『横道世之介』製作委員会
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 いくつものエピソードに、ときどき10数年後の友人・知人の現在が短く挿入される。やや唐突な印象は否めないが、やがて40歳の世之介がホームから転落した女性を救おうとして事故死したというニュースがさらりと差し挟まれる。それを読んだラジオのパーソナリティー・千春(伊藤歩)は、その男がかつて彼女に熱い想いを寄せた世之介だとわからない。人の想いかたは人それぞれ違っていて、純情も情熱も相手にまっすぐ届くとは限らない。

 それでも、世之介の母が祥子へ宛てた手紙を読む、余貴美子のエンディングの声に救われる。彼女は「世之介が自分の息子でほんとによかったと思うことがあるの」と語る。カメラマンになった40歳の世之介も「常に初々しい」男だったと思う。穏やかな春そのもののような男、世之介に会えてよかった。
                             (内海陽子)
横道世之介
原作:吉田修一「横道世之介」(毎日新聞社 文春文庫刊) 
監督・脚本:沖田修一  脚本:前田司郎 
出演:高良健吾 吉高由里子 池松壮亮 伊藤歩 綾野剛 朝倉あき 黒川芽以 柄本佑 佐津川愛美 堀内敬子 大水洋介(ラバーガール) 田中こなつ 江口のりこ 眞島秀和 ムロツヨシ 黒田大輔 渋川清彦 広岡由里子 / 井浦新 國村隼 / きたろう 余 貴美子
制作:日活 配給:ショウゲート  製作:『横道世之介』製作委員会
2013年2月23日(土)新宿ピカデリー他、全国ロードショー!
公式サイト yonosuke-movie.com