『罪の声』映画レビュー

「なるほど、あの事件がベースなのか」。

50歳代以上であれば皆がこう思うだろう。

でも、映画資料のことわりに、

「本作品は小説『罪の声』を原作としたフィクションであり、

登場人物、団体名等は全て架空のものですが、小説がモデルとした事件には、

被害に遭われた方々、関係者の方々がいらっしゃいます。

映画を紹介していただく際、実際の事件名や企業名等は表記しないよう

ご配慮いただきたくお願いします」とある。

だから、ここで実際の事件名に触れることはできない。

映画『罪の声』は、昭和のある事件をモデルとして、鮮やかに、

そしてスリリングに見る者をあの時代に誘う快作だ!

脚本の見事さといったらない。

ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」、「重版出来!」、「アンナチュラル」、

「空飛ぶ広報室」、『図書館戦争』シリーズなどの野木亜紀子が担当。

実際にあった昭和最大の未解決事件をモチーフに、

その事件に翻弄される2人の男の姿を描ききった。

物語は、1984年(昭和59年)に始まる。

ファースト・シーンに映し出される、SONYのラジオカセットレコーダー。

やがて父の遺品から古いカセットテープが見つかると、

物語は目まぐるしく展開していく。

テープには、脅迫に使われた幼き頃の自分の声が録音されていた。

抑揚の薄い、子供の声で、

「京都へ向かって、1号線を二キロ、

バス停城南宮の、ベンチの、腰掛の裏」

俺の声だ!

この日から罪の声に翻弄される仕立て屋の主人、

曽根俊也(星野源)は事件の真相を求めて悩み、そして奔走する。

根掘り葉掘りと食い下がる曽根に胡散臭さを感じている小学校の教師に一言。

「オモシロ半分でここに来ているのではないんです!

私にも妻と子供がいるんです」

その頃、新聞記者の阿久津英士(小栗旬)は、

昭和最大の未解決事件を追う特別企画班に選ばれ、

30年以上前の事件の真相を求めて、残された証拠をもとに

取材を重ねる日々を送っていた。

その事件では、犯人が脅迫テープに3人の子どもの声を使用していて、

阿久津はそのことが気になってしょうがない。

いま、その3人はどこで何をしているのか。

やがて運命に導かれるように2人は出会い、

ある大きな決断へと向かうのだった。。。

燻し銀たる火野正平を始めとする、

松重豊、古舘寛治、正司照枝、宇野祥平など

個性豊かな役者たちが、謎めいた事件のポイントをすくいあげていく。

まるでチェス盤の駒の動きのように明快でスリリングだ!

その場面のシナリオと演出が秀逸なのだ。

事態を好転させる潤滑油とはこのことだろう。

監督は、『いま、会いにゆきます』、『涙そうそう』、『ハナミズキ』、

『麒麟の翼〜劇場版・新参者〜』、『映画 ビリギャル』などなど、

幅広いジャンルを手掛ける土井裕泰。

演出の勝因は、この謎解きサスペンスに「携帯電話」を

登場させなかったことにある。

時代はまもなく令和を迎えようとするとき。

カメラはある店先に貼られている「LINE」のポスターをとらえる。

が、安易にケータイは登場させない。

土井監督と脚本家・野木亜紀子のニタリ顔が想像できるシーンと言えよう。

主人公たちはひたすら証言者のもとに通い続け、

一人ひとり対面しながら絡み合った糸をほぐしていくのだ。

だから、携帯電話越しでは見て取れない、相手表情の変化を見逃さない。

そこに、

これが昭和を震撼させた事件の真実だったのではないのか? 

と思わせるほどのリアリティを生んでいるのだろう。

終盤、新聞記者小栗旬がある男に放つセリフが映画をさらに引き締める。

「それで、ニッポンは良くなったのですか!」

映画『罪の声』が、幾重にも取れる掛言葉のように広がりを見せる場面。

あたかも、「あなたはニッポンに生まれて幸せですか」

と問われたかのようだ。

コロナによる出口の見えない不況。

ITや通信環境の急激な進歩で劇変していく私たちの生活全般。

個人情報漏洩も懸念され、全国民背番号制とも揶揄される

管理社会マイナンバー制度の是非。

あなたはニッポンに生まれて幸せですか?

昭和を震撼とさせた事件をもう一度たどりながら

いま一度世の中を俯瞰してみるチャンスなのだ。

映画の世界観を盛り上げるUru渾身の楽曲『振り子』にも注目したい。

『罪の声』は、いま見るべき映画である。

(武茂孝志)

映画『罪の声』


2020年10月30日(金)より、全国東宝系にて公開


出演:小栗旬、星野源、松重豊、古舘寛治、

   市川実日子、火野正平、宇崎竜童、梶芽衣子ほか

脚本:野木亜紀子

監督:土井裕泰


原作:塩田武士『罪の声』(講談社)

2020年製作/142分/G

配給:東宝

©2020「罪の声」製作委員会