上映が終わり、座席からゆっくり立ち上がったら「あなたも鹿児島の人?」と見知らぬおじさんに声を掛けられた。「いえ、ただの映画好きです」と答えたが、「鹿児島好きです」と返せばよかったとあとで思った。平日のせいか観客は少なかったが、どことなくアットホームな雰囲気に包まれていたのは、鹿児島県人が多くご覧になっていたからかもしれない。
絶景の桜島を背に不機嫌な顔で歩く奈美江(吹石一恵)がたどり着いたのは、鹿児島市真砂商店街にある和菓子屋「とら屋」。そこには離婚調停中の夫・平川(津田寛治)が先回りしていて、奈美江の両親と姉妹を相手に汗をかいている。夫がいるのに気づいたくせに気づかぬふりをする奈美江の態度が妙に艶っぽく、これは面白くなりそうだという予感がいやがうえにも増してくる。
奈美江の母・惠子(市毛良枝)はバツ2で、離婚した夫となぜか同居中。姉の静江(吉田羊)はいわゆる出戻りで、妹の栄(徳永えり)も何やら事情がありそうだ。シャッター街になりかかっている通りの店にふさわしく、家族関係もがたついているが、惠子を筆頭に女たちは明るくたくましく男たちを圧倒する。物語がどう転んでも気持ちよくおさまるのは目に見えている。
夏祭り“六月燈”を目前に控え、新商品開発に追われる「とら屋」で、奈美江との離婚を回避したい平川が右往左往する様子がなんともいじらしい。アクが強い役を演じることの多い津田寛治が、歯がゆいほど小心者の夫を一心に演じる。どうやら離婚調停に至った原因は姑と嫁のいさかいにあるようで、母と妻の板挟みになってしまった彼がどうやって奈美江の心をときほぐすのか、「とら屋」の新商品の出来栄えよりもわたしには気にかかる。
新商品の名は「カルキャン」になり、三姉妹は祭りで賑わう神社の舞台でキャンディーズの「暑中お見舞い申し上げます」を熱唱する。それよりなお愛らしいのは「とら屋」の風呂場で「暑中お見舞い申し上げます~♪」とうなってしまう平川で、当然、彼の歌声は家族に筒抜けというおそまつ。よくある展開と言ってしまえばそれまでだが、津田寛治の純真な演技がこの場面を特別なものにする。生きるということはたいていありふれているものだが、その中にある純真さこそが、それを特別なものにするのである。
本作の原作・脚本の水谷龍二は舞台の面白さでも有名だが、彼が描く世界は、ありふれていながら特別なものを追う視点が確かである。日本全国津々浦々、それぞれの町にそれぞれの人情があり、それらは奥深くでしっかり繋がっている。何があってもいいじゃないか、ただ一点、純真な気持ちさえ見逃さなければ、人はより幸福に近づくことができる。そう囁く声を信じよう。
(内海陽子)
六月燈の三姉妹
5月31日(土)TOHOシネマズ日本橋、シネマート六本木ほか全国ロードショー!
監督:佐々部 清
出演:吹石 一恵 徳永 えり 吉田 羊
津田 寛治 西田 聖志郎 渋江 譲二 重田 千穂子/ 井上 順 /市毛 良枝
配給:ピーズ・インターナショナル
六月燈の三姉妹公式サイト http://6gatsudo.jp/