『ノクターナル・アニマルズ』映画レビュー

(C)Universal Pictures
著名なファッション・デザイナー、トム・フォード監督の『シングルマン』に続く二作目映画が『ノクターナル・アニマルズ』だ。監督だけでなく脚本も手がけている。 ふくよかな女性たちが全裸で踊るインパクトのあるオープニングから、静かな衝撃に打ちのめされるラストに向かって 現在と過去と小説内部のストーリーが絡み合いながら突き進む。

アートギャラリーのオーナー、スーザンは裕福で美しい女性。 人もうらやむ境遇ながら、幸せを感じることができないでいた。 出張で家を留守にすることの多い夫も、秘密を抱えているようだ。 ある日、20年以上前に別れた前夫から小説の原稿が送られてくる。当時から小説家を目指していた元夫とは、その後ほとんど連絡を取ることもない疎遠な関係だった。 スーザンは、自分に捧げられたその小説に興味を持つ。

小説のタイトルはノクターナル・アニマルズ(夜の獣たち)。 それは夜眠らないスーザンに元夫がつけたあだ名でもある。小説は不穏で危険で残忍なサスペンスだった。 軽い気持ちで読み始めたスーザンだったが、 徐々に彼の意図をいぶかしむ。

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スタイリッシュで無機的な現代、テキサスの荒漠や田舎道で繰り広げられる小説内世界、 素朴で夢多き過去の三つの世界の構造がまず興味を引く。三つの構造が互いに自己主張しつつ、最後にひとつの計画の遂行をもたらす。

三つの世界の中でも、圧倒的な力で強く迫ってくるのは小説内で描かれる悲劇だ。ドライブ旅行に出かけた一家が、 たまたま道路で出会った煽り運転の車に執拗に狙われる。 そしてちょっとした隙に妻と娘が連れ去れる。 後は想像を絶する悲しみの連鎖が訪れる。

トム・フォード監督は、トップに上り詰めたファッションデザイナーだけあって、 世界観の描き方は完璧に近い。 描写だけでなく選りすぐりのキャストの演技の楽しみも大きい。 ファッションや舞台の選び方も一味違う。

ところが、 完璧な世界にいくつかいびつなほころびが配置されている。 小説内にでてくる無法者のリーダーを演じるのは、 アーロン・テイラー・ジョンソン。 イギリス出身のどちらかというと王子様タイプの俳優だ。 荒野の無法者だったらもっとふさわしい俳優がいるだろう。その役がアーロン・テイラー・ジョンソンであるわけは、簡単に読み解けるのだけれど。

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無法者と対峙する場面での小説内主人公は、 皺だらけの服でもほこりまみれのシャツでもなく、完璧なモード全開なワイシャツ姿だ。 そのあたりのミスマッチも何か理由があるのだろうか。

美に人一倍感性があるに違いないトム・フォード監督が行き着いた場所は、美醜には差がない、あっても紙一重に過ぎないという心境かもしれない。 それは外面だけでなく人の心の中でも同じこと。 完璧に装う美しい姿の中にも醜い獣が巣食っている。 もしかしたら、映画で言いたいことのほとんどは、あの衝撃的なダンスで幕を開けるオープニングで表現されているとも考えられる。

オライカート昌子

ノクターナル・アニマルズ
監督:トム・フォード 
出演: エイミー・アダムス
ジェイク・ギレンホール
マイケル・シャノン
アーロン・テイラー=ジョンソン
アイラ・フィッシャー
エリー・バンバー
カール・グルスマン
アーミー・ハマー
ローラ・リニー
アンドレア・ライズブロー
マイケル・シーン
配給:ビターズ・エンド=パルコ)
2016年/アメリカ映画/116分/サスペンス/ミステリー/ドラマ
公式サイトhttp://www.nocturnalanimals.jp/