『カセットテープ・ダイアリーズ』映画レビュー

カセットテープ・ダイアリーズ映画レビュー

闇から光へと。

人生を一瞬にして変えてくれるものを、思い浮かべられるだろうか。人との交流、読書、映画、仕事。

『カセットテープ・ダイアリーズ』の主人公、ジャベドにとって、毎日を一瞬にして変えたもの、をれは、ブルース・スプリングスティーンの音楽だった。

ブルース・スプリングスティーンの楽曲によって、暗い世界の真っただ中にいた青年の心に命の水が注ぎこまれていく。その様子は極めてビビッドだ。

ブルース・スプリングスティーンに馴染んでいたとはいえない私でも、ブルースの音楽に新しい意味が加わった。それは今後の喜びの元や、支えにもなってくれそうな気がする。

時は1987年。ジャベドは英国の小さな町ルートンを抜け出す夢を見ていた。

パキスタン移民の父は、故郷の文化で家族を縛っていたし、外へ出れば、ネオナチの若者たちが、攻撃を仕掛けてくる。幼馴染のともだちは、自由に人生を謳歌しているのに、ジャベドの人生は灰色が濃くなるばかり。

それが、ブルース・スプリングスティーンの音楽や、先生、女性、友人との新しい出会いによって、軽やかに変化していく。

この映画をを監督したのは、『ベッカムに恋して(2002)』のグリンダ・チャーダ。『ベッカムに恋して』は、ゴールデングローブ賞をはじめ、いくつもの賞にノミネートされている。シーク系の少女が禁じられたサッカーに情熱を投じていく映画で、さわやかな印象が忘れがたい。

『カセットテープ・ダイアリーズ』でも、異文化、自分の信念、情熱など、『ベッカムに恋して』と同様のテーマを深く追及している。ただし、『ベッカムに恋して』が公開された当時と比べても、今現代は、日常の厳しさの度合いは、より切実なものになっていると思う。

だからこそ、音楽の持つ浮上感やエネルギーが、価値を持つ。人生の辛さ、重責、そこに光を注ぐ音楽のちから。自身が持つ魂の輝きと重なり合うことで、力は純化して、さざ波のように世界に浸み渡っていく。

音楽に限らず、人生を変えてくれる宝物は、たとえ小さくても、私たちの身の回りにいくつも転がっている。『カセットテープ・ダイアリーズ』は、それを思い出させてくれる。

(オライカート昌子)

カセットテープ・ダイアリーズ
TOHO シネマズ シャンテ 他全国公開中!
配給:ポニーキャニオン
©BIF Bruce Limited 2019