無限の住人 映画レビュー
映画『無限の住人』は、いかにも三池崇史節的にやり過ぎでいびつな映画だ。教科書的に優れている映画とは決して言えないかもしれない。ところが、見終わって時間が経てば経つほど、この映画に対して愛おしさ募ってくる。街でポスターが掲げてあれば、立ち止まって見入ってしまうぐらいだ。
勢いと美学がある。そしてこれでもかと言うぐらいの超増量級の殺陣の量。最近の映画では、『ワイルド・スピード ICE BREAK』も『ジョン・ウィック:チャプター2』も、動きのあるシーンが次から次へと大量に描かれている。アクションシーンの大盤振る舞いが最近の流行かもしれない。だとしても『無限の住人』との質量の差は歴然だ。
主人公の万次(木村拓哉)が戦う理由は、ごくシンプルだ。剣の流派の統一を狙う天津影久(福士蒼汰)率いる逸刀流一味に、父を殺され、母を捕らえられた少女、凛(杉咲花)の復讐を手助けすることだ。凛は彼の妹、町とそっくりでもある。万次は町が殺された日に見知らぬ老婆、八百比丘尼(山本陽子)に”虫”がもたらす不死の命を与えられていた。不死身で無敵な万次だったが、それは油断ともなる。だって手が切り落とされても、身体に剣が刺さっても”虫”がたちまち直してくれるのだから。
彼にとっては死は恐怖ではなく、なかなか手に入らない憧れのようなもの。そこには普通の人間とは違う生死感がある。だからこそ、木村拓哉が演じてみせる重力を感じさせないような独特な軽やかさと伸びやかさ、浮遊感が生きてくる。
決して力まない。見ているほうに負担をかけない。すっと、物語の中に招き入れてくれる。コンビ役の凛を演じる杉咲花を始め、ほとんどの登場人物が、力みと重みを持っているので、万次が見せる清涼感がことさら際立つ。ゴージャスで色気もたっぷり。決して見飽きない。つまり、「スーパースターここにあり」
万次に対して次から次へと敵が襲ってくるわけだが、敵の中でも存在感的な意味で、一番だったのは、尸良演じる市原隼人だ。軽さの万次に対してうっとうしさ、暑苦しさの面で十二分に勝つ勢いだ。一方、悪役ナンバーワンの地位を約束されていたはずの福士蒼汰は、木村拓哉の向こうを張るには少し影が薄かった。無念の情も届かなかった。
となると、万次が戦うべき本当の相手は、誰なのだろう。生と死を分かつ薄い膜のようなものかもしれない。死ぬことを望む不死の男は、生きる目的に出会ってしまう。かつては妹の町を守ることだった。そして今回は、凛を守ること。生きるエネルギーには目的が必要なのだ。
無限の住人
2017年4月29日より全国ロードショー
公式サイト http://wwws.warnerbros.co.jp/mugen/