見るからに能天気なお調子者、あるいはナルシスティックな負け犬気取り、ときには口八丁手八丁のペテン師風と多彩な役柄をこなしているブラッドリー・クーパーが、愛国心に燃える辣腕スナイパーに扮する。彼自身が製作者に名を連ねていることからもその気合いのほどがうかがえる、実話の映画化である。
幼いころから射撃の才能を見せ、いじめられる弟=弱者を守る役割を担ったクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)。9・11アメリカ同時多発テロに憤激した彼は海軍に入隊、厳しい訓練を耐え抜き、シールズの狙撃手としてイラクに派遣された。2㎞近い距離の相手をも撃ち抜く技を持つ彼にとって、最大の苦悩は狙い定めた相手が本当に味方を攻撃する者かどうかを判断することだ。
もしそうではない相手を狙撃したら、軍の規律ではなく自分自身の倫理観が許さない。一瞬の判断に命を懸けるに等しい苛酷な任務を、彼は一途な愛国心に裏打ちされた、並みはずれた集中力と技量でこなしていく。
カメラはクリスにピタリと密着し、彼の鼓動が観客のものになってもなお離れない。わたしは彼の背におぶさったような恰好で彼の狙撃を“体験”する。味方には英雄と崇められ、敵には悪魔と忌み嫌われるクリスだが、味方の海兵隊員を守るために狙撃するという信念は揺るがない。何度クローズアップされてもひるまないクーパーの眼は、クリスの信念をせつないほどダイレクトに伝える。
いっぽう、故郷で待つ妻のタヤ(シエナ・ミラー)は、2児の母となりながら心の休まらない日々を過ごす。いったん任務を終えて帰郷しても、クリスは日常生活にうまくなじめず、タヤは夫の苦悩を察してそっと見守るだけだ。ちょっとした物音も戦場の射撃音に聞こえ、彼は原因不明の高血圧症になった。
クリント・イーストウッド監督は『ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場』(1986)で海兵隊小部隊員の訓練と実戦を描いたが、この隊員たちにひりひりする孤独感はなかった。『アメリカン・スナイパー』にあるのは、すべてを自分ひとりで引き受け、後悔や責任を誰とも分かち合えない男の身を刺すような孤独感だ。女の出る幕はまったくない。そのことに粛然とする。
4回の派遣を終えて帰郷した彼を待っているのは平穏ではなく思いもかけない悲運である。戦争は戦場にだけあるのではない。個人の心の中でいつまでも終わらないことがある。誰かに手を差し伸べたことが裏目に出ることもある。元海兵隊員と一緒に出かけるクリスを玄関先で見送るタヤの表情が不安にくもる様子で、観客はそれを察知する。戦争はどうやっても終わらない。残忍さは日常にすべりこむのである。
(内海陽子)
アメリカン・スナイパー
2015年2月21日(土)新宿ピカデリー・丸の内ピカデリー 他全国ロードショー
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