こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話< 映画レビュー
これは「もてる男」の物語である。大泉洋が演じるのだから当然と言えば当然だが、その役どころは、芸能人でもスポーツ選手でもなければホストでもない。私立探偵でもパン屋でもなくファミレスの店長でもない。子供のころから長く筋ジストロフィーを患っている30代の男性である。
ボランティアを頼りに、自立生活をしている鹿野靖明(大泉洋)は命懸けでわがままを言う。遠慮したり我慢したり悩んだりしていたら生きて行けないからだ。それで「夜更けのバナナ」である。鹿野の世話をする医大生・田中(三浦春馬)の恋人・美咲(高畑充希)は、ふとしたことから深夜、鹿野が食べたいというバナナを求めて町を駆けめぐる。彼女を水先案内人にして、わたしたちはこの元気いっぱい、ユーモア満載(ときにはシモネタも)の物語に踏み込む。
一種の教育映画でもあるが、よくある説経臭はない。鹿野の人柄を知り、彼を大切に思うボランティアスタッフの心情を知る。鹿野はいわゆる健常者よりはるかに健康な精神の持ち主だとわかる。損得で彼のスタッフになった青年は去るが、世の中には損得を大事に生きる者ばかりではないこともわかる。
いやおうなくスタッフのひとりになった美咲は、学歴を偽ったことから田中とぎくしゃくするようになり、鹿野の役に立つことに生きがいを見出す。彼に愚痴をこぼせば「また教育大学を受験すればいい」と言われてその気になる。鹿野は、周囲の者にしっかりした指針を示すことのできるすぐれた人格者なのだ。
むろん、闘病記としてかなり深刻な描写もある。鹿野は入院生活を余儀なくされ、人工呼吸器をつけざるを得なくなる。しかしどういうときにも彼はみずからの意思を明確に示し、わがままを貫く。そしてユーモアを忘れない。それが彼の周囲に善意の人が集まる理由だということが鮮明になってくる。
きわめつきは、田中と美咲の仲がこじれていると気づいた鹿野が一計を案じるシーンだ。二人を旅先に呼び寄せるために、彼はとんでもないことをする。命懸けでわがままを言う男は、命懸けで人の心を思いやる男でもある。それを表現する大泉洋もまた命懸けで演技する。それが一体となってストレートで爽やかな感動が生まれる。一瞬、一瞬を大事に生きるとはこういうことなのだ。
いったんは医者への道を断念したものの、気力を取り戻した田中は、鹿野が亡くなった後、笑顔で言う。「やっかいな人が雲の上から見張っているんですよ」。そこには見張られていることの確かな実感と喜びがあふれている。
それはきっと、長く映画作りの世界で生きて来た前田哲監督自身の実感でもあり喜びでもあるのだろう。“見張ってもらえてうれしいやっかいな人”を見つけたのち、わたしたちはさらに遠くへ向かって行けるのかもしれない。
(内海陽子)
こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話 作品情報
©2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会
12月28日(金)全国公開
監督:前田哲 脚本:橋本裕志 音楽:富貴晴美
原作:渡辺一史「こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち」(文春文庫刊)
キャスト:大泉洋
高畑充希 三浦春馬
萩原聖人 渡辺真起子 宇野祥平 韓英恵 ・ 竜雷太 綾戸智恵 / 佐藤浩市 / 原田美枝子
2018年/日本映画/
配給:松竹 製作幹事:松竹・日本テレビ