いよいよ世界で大ヒットの映画『帰ってきたヒトラー』が公開されます。ヒトラー役で一世を風靡したオリヴァー・マスッチさんにインタビューさせていただきました。
帰ってきたヒトラーとは
現代にタイムスリップしたヒトラーが、モノマネ芸人として大ブレイクするベストセラー小説の映画化。笑っていいのか、怒っていいのか、ヒトラーの情熱に引きずられていいのか迷ってしまうチャーミングで恐ろしくもある知的な半コメディ作品。実際にヒトラーが街で人と会話を交わすというドキュメンタリー撮影を交えているのが特徴だが、ストーリーに完全に溶け込んでいるため、それがドキュメンタリー部分だと気づかない人もいるかもしれない。
帰ってきたヒトラー あらすじ
ある日、気づくとヒトラーは2014年のドイツ、ベルリンの公園にいた。人ごみを掻き分けて進む彼を、モノマネ芸人だと思った人々はスマホを取り出し、撮影していた。売店の新聞を見て今が2014年だと気づいたヒトラーは、現代に慣れるべく猛然と勉強する。そんな彼に接触してきたのは、クビになったばかりのテレビプロデューサーのザヴァツキ。彼はヒトラーが現代のドイツを歩くというテレビネタを思いつく。徐々に人気者になってくるヒトラーは、新たにドイツに何をもたらすのか。
オリヴァー・マスッチ
1968年、ドイツ、シュトゥットガルト生まれ。ベルリン芸術大学を卒業後、舞台俳優として活躍。『帰ってきたヒトラー』で大ブレイク。
ヒトラーのしゃべり方を料理本で練習
Q:ヒトラーの嫌いなところ、好きなところは何ですか。
オリヴァー・マスッチ;全部嫌いです。ナチズム全体に私は拒否反応を持っていますし、当時ヒトラーを選んだ国民にも拒絶反応を持っています。この映画を撮影したのが2014年、公開になったのは2015年、そして現在は2016年。今では私たちはナチスの犯した犯罪を知っていますよね。ユダヤ人を殺したり、世界大戦を引き起こしたり。その大戦で6千万人もの犠牲者をだしたり、そういうナチズムなのに右傾化する人がいるという事実は、非常に危険な状況です。
Q:演じるときに躊躇や戸惑いがあったと思いますが、それを乗り越えてどのように役作りをしたのですか?
オリヴァー・マスッチ;躊躇はもちろん感じたのですが、この映画のコンセプトというものが、私に勇気と原動力を与えてくれました。現在の右傾化、ナチスがまた台頭する恐れがありそうな、そんな時代で、その状況を明らかにしたいというコンセプトだったので、これは非常に面白いなと思いました。
知識層の中には、もうそんなナチズムのような傾向はないよ、という人も多いんですが、実際にこうやって街頭にでて聞いてみると、あるんですよね。この映画でヒトラーを媒体として現代の社会や、現代の民主主義のおかれた状況を、あきらかにするというコンセプトがあったので、私は自分の中の躊躇を克服することができました。
Q:実際にどうやって役作りをしましたか
オリヴァー・マスッチ:時間をかけて集中的にやりました。コーチも使って、ヒトラーのしゃべり方を練習しました。そのしゃべり方ですが、よく聞く演説調のものではなく、落ち着いたやさしい語り口のヒトラーのしゃべり方を練習しました。
当時の素材はたくさん残っているので、それをしっかりと聞いたりしました。ホテルにこもって二週間、そういうものを見たり聞いたりしました。そしてヒトラーのスタイルで料理レシピを扱ったりもしました。監督と何ヶ月もかけて準備しました。
なぜそんなに準備が必要だったかというと、ドキュメンタリー撮影の部分がとても多かったということがあります。あれはすべてアドリブで対応しなくてはならないのですよ。だから、たとえば小説の中の文章を暗記したりして、すぐにヒトラーの反応ができるようにしました。
大変だったのは一番最初です。ヒトラーの格好をしてメーキャップをして、ホテルの部屋からでて、エレベーターに乗りました。そうすると普通の人も乗ってきます。彼らはみんな私を見ると、ハッとする驚愕の表情を見せるわけです。そこでわたしが、ヒトラーの演説調の話し方をすれば、もっと怖がらせてしまうと思ったので、フレンドリーな感じで、優しく皆さんに話しかけました。「映画の撮影のためにこの格好をしているのですが、何か日ごろ困っていることはありませんか?」と。
そうすると、向こうのほうから言ってくるんです。[いろいろ問題があるけれど、外国人がいけないんわけじゃない」とか。もし私が演説口調でしゃべっていたら、こういう反応は戻ってこなかったと思います。
私はその反応に愕然としました。わたしはメーキャップしている限り、マスッチではなくヒトラーなのですから。ヒトラーに現在の問題点をぶつけてくるわけですからね。
ヒトラーを演じることには、烙印を押されるリスクがあった
Q:この役をやる前と後では何か変わりましたか?
オリヴァー・マスッチ:ヒトラーに対する私のイメージはまったく変わりませんでしたが、社会に対するイメージは、変わりましたね。特に民主主義に対する気持ちです。私が生まれたときにはすでにドイツには民主主義はあったので、あたりまえのことだと思っていたのですが、この映画にかかわることによって、民主主義というのは人に操作されることによって簡単になくなってしまうものなんだなということがわかりました。
インターネット上で洗脳的な発言をする人もいるし、右派勢力がどんどん台頭してきて、そういう人たちがいろいろなことを言っていますよね。ですので、そういうものに対して、声を上げて行動して、民主主義をしっかり守らなくてはならない。という気持ちになりました。
俳優としてはこの映画に出演したことが大きな転機となりました。今までは舞台俳優でしたので、それほど知名度はありませんでした。この映画がヒットしたことによって知名度が上がり、今映画のオファーがたくさんきています。
実はヒトラーの役を演じるというのは、俳優にとってリスクをはらんでいます。烙印をおされてしまうのです。場合によっては仕事がなかなかもらえなくなることも考えられます。私の場合はそうならなかった理由として、さっきから申し上げているように、この映画はドキュメンタリー部分がとても多いということがあったと思います。
アドリブですから、俳優にとっては一番怖い状況なわけです。せりふが決まっているわけではないし、何がでてくるかもわかりません。そこをわたしが、これまでの経験からうまくやることができて、そこを見ていただけた、のではないかと思います。
そのおかげでいろいろな役柄のオファーをいただけるようになったんだと思います。また、この映画の意図を多くの方に理解いただけたということもありますね。
こんなことをする勇気、よくあったねと言われた
Q:風刺やタブーを犯すことに関して、日本人が不謹慎だと過剰に反応する傾向があるのを感じています。そのことについてどう思われますか。
オリヴァー・マスッチ;危険ですよね。風刺やタブーを破ることは、どんどんやっていいことです。言論の自由があるのですから。私は今回ドキュメンタリーを撮影するに当たって、ネオナチの人のところにも結構行ったんですよ。
そうしたら、「いま、こんなことしていいの?」って向こうの方が驚いていたんです。まさに、このこと(今ヒトラーとして街に行き、人々と話をすること)、こそ民主主義の言論の自由としてわたしたちが勝ち取ったものなんです。
町の人と話すときも、「こんなことをする勇気、よくあったね。よくこんなことする気になったね」と言うので、「これって、誰かしないとだめでしょう」と答えました。
Q:この映画がドイツで作られたことに対してどう思われますか?
オリヴァー・マスッチ:ドイツが一番この映画に対してタブー視する傾向が大きいのですが、それにもかかわらずこういう映画が作れた、そして受け入れてもらえてヒットしたということは意味があります。他の国ではもっとヒットしたりもっと大きな反応を得られるかもしれません。
ドキュメンタリーの部分がとても多いのですが、これはカメラを隠して撮影したわけではありません。カメラは二台立って撮っていて、ヒトラーがいて、その横で一般の人が発言しているのですが、これは放映するので承諾してくださいという承諾書にサインもしてもらっています。そこで外国人を敵視するような発言が出てくるというのは、本当に危険な状況だなというのを感じます。
(取材/文 オライカート昌子)
帰ってきたヒトラー
2016年6月17(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
監督 ;デヴィッド・ヴェンド
CAST ;オリヴァー・マスッチ/ファビアン・ブッシュ/クリストフ・マリア・ヘルプスト/カッチャ・リーマン
116分/ドイツ:配給:ギャガ
公式サイト http://gaga.ne.jp/hitlerisback/