『最後の乗客』映画レビュー アル・パチーノに負けてない! 演技にノックアウトされた

アル・パチーノが、一番好きな俳優だった。演技よし、姿よし、映画も、もちろんよし。『ゴッドファーザー』3部作、『狼たちの午後』、『スカーフェイス』など、数々の名作に出演している。彼の演技を見るために、何度もビデオを巻き戻した。

好きな俳優は、その後もどんどん現れたけれど、アル・パチーノにはかなわなかった。違いは、演技と存在感の格。

ここで、冨家ノリマサに出会った。『最後の乗客』で、タクシー運転手の遠藤役を演じている。

『最後の乗客』は、ニューヨーク在住の堀江貴監督の自主映画作品として生まれた。55分の中編映画で、世界の映画祭を席巻。

物語は、ある海沿いの東北の町が舞台。深夜、客待ちをしているタクシー運転手の一人が、遠藤だ。同僚のたけちゃんは、「夜遅く浜街道流してっと、若い大学生くらいの子がポツンと立ってるんだって」と噂話を始めた。遠藤は、気にもとめず、もう一走りと走り出したところ、浜街道で、一人の若い女性がタクシーを止めた。女性を乗せ、再び走り出すと、タクシーの前に飛び出した人影があった。これから起こる出来事は、想像を超えていた。

遠藤が最初に乗せた女性、みずきを演じているのは、岩田華怜だ。彼女は、みずき役で、でグローバル・ノンバイオレント映画祭にて最優秀主演女優賞を受賞している。

岩田華怜の素晴らしさの一つは、シーンにより印象が次々と大胆に変わっていくところ。冨家ノリマサの演技の核も、そこにある。一つの表情から次の表情へと変わるときは、スムースでいて、角度が深い。優しさ、強さ、人間の深みがグラデーションでくっきりと浮き上がる。『最後の乗客』は、短い映画だからこそ、その密度には強い印象がある。演技は忘れがたく心に残る。

『最後の乗客』の予告編を見たときに、ああ、この映画の成り行きはわかるな、と思った。実際に見てみると、大枠はその通りだったけれど、その先の広がりと深みは、予想の範囲をはるかに超えていた。夜に見る太平洋のように果てしなく豊穣だ。

演技を巻き返して何度も見たくなるのは久しぶりの体験だ。冨家ノリマサが風見恭一郎役を演じている『侍タイムスリッパー』での演技の凄さも、もう一度確かめたいぐらいだ。今後の作品も大いに期待したい。

(オライカート昌子)

最後の乗客
10月11日(金)ユーロスペース、池袋シネマ・ロサほか全国順次ロードショー
© Marmalade Pictures, Inc.
制作・監督・脚本・編集:堀江貴
出演:岩田華怜、冨家ノリマサ、長尾純子、谷田真吾、畠山心、大日琳太郎
撮影:佐々木靖之 制作プロダクション:マーマレード・ピクチャーズ 配給:ギャガ
【2023年/日本/カラー/16:9/DCPステレオ/55分/G】