『シサム』映画レビュー 清らかなアイヌの風

アイヌの風に吹かれたくはないだろうか? それは、爽やかで平穏、優しくてゆったりしている。

最近、アイヌの世界を描いた映画が公開されるようになった。『ゴールデンカムイ』、『カムイのうた』、そして『シサム』だ。知らなかったアイヌの言葉に突然触れる経験、歴史や文化が広がる未知未踏の場所。新鮮な世界への扉が開かれたような気がする。

『ゴールデンカムイ』、『カムイのうた』は、明治・大正時代が背景。『シサム』の舞台は江戸初期。『シサム』で描かれるのは、日本人とアイヌの関係が、転換点となる境目の時代だ。

当時、和人とアイヌは、表面的には友好的な交易相手同士だったが、背後には不穏な波が押し寄せてきていた。『シサム』には、波が襲ってくるタイミングが活写されている。

『シサム』の主人公の高坂幸次郎(寛一郎)は松前藩の武士の一家に生まれた。兄とともに、交易の仕事のために、初めて蝦夷地へ向かう。頼りになるのは、経験を重ねた兄だ。ところが、悲劇が襲う。幸次郎は復讐のため、立ち上がるのだが、復讐相手に反撃され、深い傷を負ってしまう。

瀕死の幸次郎をコタンに運び込み、看病したのは、アイヌの村の人々だった。最初は見知らぬ相手同士。アイヌの人々と幸次郎は、慣れ、親しみ、次第に心を通わせていく。『シサム』では、その部分の描写にゆったり過ぎるぐらいの時間と広大な空間を費やしている。

次に起きるのは、怒涛の展開。その変化に強く心が乱されるのは、前半のゆるやかなリズムがあってこそ。そのコントラストは非常に目立つ。

戦闘シーンは、規模の違いこそあるけれど、『ラストサムライ』や、『ラスト・オブ・モヒカン』、『サハラに舞う羽根』の風味がある。歴史の大きな渦が、平穏さを根こそぎ奪い取っていく様子も重なる。

『シサム』には印象深い人物が何人か登場する。最初に目に入るのは、アイヌの女性、リキアンノ(サヘル・ローズ)。そして、主人公幸次郎をはじめとして、村長や村の人々、松前藩の人々、それぞれがくっきりとした形で、映画の実を支えている。

『シサム』の中で、さらに強い存在感で描き出されているのは、自然だ。蝦夷地、未開と呼ばれた場所の美はまぶしく、厚みを持って彩を放つ。

ストーリーの縦糸が、平和と調和から、争いと不和への転換だとすると、アイヌ、和人、そして自然の三角形は横糸だ。江戸初期から今へと続く長い歴史が、縦糸と横糸で結ばれている。これからどう変化していくのか、その変化の予兆はあるのだろうか。

選択のストーリーとしても、印象が強い。悲劇が身近にある場合、巻き込まれるのか、ともに戦うのか、別の道を行くのか。幸次郎の選択は、意外でもあり重みもあり、ラストの余韻につながっていく。

平和なひとときが流れるコタン(集落・宅地)の空間と空気は忘れがたい。自分がそこにいたかのように、豊かで静かな風を感じる。アイヌの風は、清らかだ。

※タイトル「シサム」の「ム」は小文字が正式表記。

(オライカート昌子)

シサㇺ
9/13(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
©映画「シサム」製作委員会
監督:中尾浩之
キャスト;高坂孝二郎/寛一郎、高坂栄之助/三浦貴大、善助/和田正人、シカヌサシ/シカヌサシ/坂東龍汰、
アクノ/平野貴大、リキアンノ/サヘル・ローズ
2024年製作/114分/PG12/日本
配給:ナカチカピクチャーズ