人の髪や爪は、身体の一部でいるうちは美しさの象徴にすらなるのに、いったん身体から離れてしまうとなぜか気味悪いものに変わる。身体が欠け続けていく心象に結びつくからだろうか。身体から流れ出た大量の血液となると、死そのものの象徴であるから、気味悪いどころか真の恐怖に変わる。多くのホラーやサスペンスが血液を巧みに用いて恐怖をかきたてるのは、人間心理にかなっている。そのことを熟知している三池崇史監督は、いつも臆面もなく大量の血液(場合によっては汚い体液)を画面に流出させて観客をもてなす。今回は、柴咲コウが床やベッドで血にまみれる。
本作の劇中劇は「真四谷怪談」で、見せ場は、なんといっても岩の顔面が爛れて髪と皮膚がごっそり剥がれ落ちるところだ。岩は悲運の人妻という設定だが、柴咲コウはきわめて挑戦的雰囲気でこなす。日本女性の黒々とした直毛はそれだけでホラーの要素十分であることを、柴咲コウも知り抜いている。
「真四谷怪談」は舞台稽古の始まりからただならぬ気配だ。主演女優の美雪(柴咲コウ)は、伊右衛門を演じる恋人、浩介(市川海老蔵)の心変わりを察知した。移り気な彼は、梅を演じる莉緒(中西美帆)の誘いに乗ったようだ。美雪が大量のスパゲティを作って彼を待っても帰ってはこない。唇をトマトソースで汚して宙をにらむ美雪は、もうそれだけで怖い。スパゲティは髪、トマトソースは血か。なんて陳腐な、と評されてもひるまない強さがこの場面にはある。
舞台稽古が進み、伊右衛門と岩と赤子が住む家は、徐々にカビ状のものにおおわれて異常さを醸す。衣裳が調えられ、演技は熱のこもったものになる。一方で、演出家やスタッフの存在が希薄になる。この舞台稽古は、現実に行われているものなのか、誰かの(美雪の)妄想なのかが曖昧になっていく。
浩介との仲を確実なものにするためにも子どもを宿したい美雪だが、なかなか懐妊には至らず、ついに常軌を逸した行動に走る。ようやく家に帰った浩介は、ベッドのシーツの下で鮮血に染まっている美雪を発見して激昂する。その様子は彼女への愛が完全に失われていることを証明するばかりである。男の愛を確かめるのはこれほどまでに簡単なことだったのか……。
再び始まる稽古、いや、本番だろうか。盲目の宅悦(伊藤英明)の無慈悲な振る舞い、二人を不義密通と決めつけて成敗する伊右衛門、彼への復讐に及ぶ岩。誰もが知っている悲劇が、舞台上に華麗に展開された後、物語はまた現実に戻る。岩を演じるためにそこにいる美雪はいったいどういう存在なのだろう。生死を問うことすらはばかられる怒りを発散する彼女は、ある物体を化粧台の下に蹴り込む。気持ちがすっとするわたしは間違いなく“クイメ”の同類ということになるが、あなたも共感してくれますか。 (内海陽子)
喰女-クイメ-
2014年 日本映画/ホラー・ロマンス/93分/監督:三池崇史/出演・キャスト:市川海老蔵 柴咲コウ
中西美帆 マイコ 根岸季衣 勝野 洋/古谷一行
伊藤英明ほか/配給:東映
8月23日(土)全国ロードショー
『喰女-クイメ-』公式サイト http://www.kuime.jp/