作家の発想は似てしまうのか、似た設定の主人公に続けて会うことがある。先に試写室で観た『海すずめ』(大森研一監督、7月公開)のヒロイン(武田梨奈)は小説家デビューしたもののそのあとが続かない“一発屋”。故郷に帰って奮起するところが若い娘らしくけなげだ。その後に劇場で観た『海よりもまだ深く』の主人公・良多(阿部寛)は、立派な文学賞を受賞したものの次回作が書けない同じく“一発屋”。ギャンブル依存症になり、妻(真木よう子)に離婚され、息子の養育費も払えず悶々としているという始まりである。
こう聞くとうんざりする向きもあるだろうが、良多の母役が樹木希林、姉役が小林聡美とくれば辛気臭い展開になるはずがない。その予感はまったく裏切られず、こずるくて情けない中年男の七転八倒ぶりにしのび笑いが止まらない。なんだか身内になったような気がする。こういうところはわたしに似ている、もし男だったらわたしもこうなったかもしれないなどと考える。つまり彼は観客の共感を誘う愛らしい男なのである。
生活のために興信所に勤めているが、浮気調査をした人妻に事情をばらし、さらに高額の調査料をふんだくる。それをそのまま養育費にすればいいものを、つい欲をかいて競輪ですってしまう。相棒に扮した池松壮亮のにやにやした顔もなにやらのどかで、別れた妻子へのこだわりを「責任感だよ」と良多が言えば「未練でしょ」とからかう。彼も良多のことが好きなのだ。
『海街dairy』で鎌倉の古い家に住む四人姉妹の姿をみずみずしく描いて数々の賞を得た是枝裕和監督は、肩の力が抜けたかのように、愛すべきだめ男を中心に親子の情を軽やかにコミカルに描く。あっけなく死んだ夫が夢に出てくると母がもらし、「あたしが長く寝たきりになって死ぬのと、ぽっくり死ぬのとどっちがいい?」と息子に問う。「どっちもやだよ」と逃げても答えを迫る母に「寝たきりかな」とやむを得ず答える息子、嬉しさを隠しきれない母。こういう会話を楽しめるようになった自分に気づくのもわるくない。
良多は金の無心をしに母の住む団地に来たものの台風で帰るに帰れなくなり、久しぶりに元の親子3人の夜を迎える。ここで劇的に何かが変わるということはなく、父と息子の絆である宝くじを風雨の中で捜すという“イベント”があるくらいだ。こんな些細な出来事が、やがて大切な思い出になることもある。
タイトルは「海よりもまだ深く……人を愛したことはない」と母が語るところから来ている。人生の終わりを感じると、果たせなかったことがいくつも浮かんでくるのだろう。樹木希林の透明感のある微笑みゆえに、母の祈りのような、遺言のような物語に思えてくる。たとえ成功しなくても失敗ではない。母はそう言っているのではないだろうか。
(内海陽子)
海よりもまだ深く
5月21日(土)丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー他にて全国ロードショー
監督・脚本:是枝裕和
出演:阿部寛/真木よう子/小林聡美/リリー・フランキー/池松壮亮/吉澤太陽/橋爪功/樹木希林
2016年/日本/117分
配給:ギャガ
公式サイト http://gaga.ne.jp/umiyorimo/