
毎回のように日本人選手のメダルラッシュに沸くオリンピック。
その長い歴史の中で今なおオリンピック史上最悪の事件として語られる、
1972年9月5日、ドイツのミュンヘンオリンピック開催中に起きた、
パレスチナ武装組織によるイスラエル選手団の人質事件。
『セプテンバー5』は、全世界が注目する事件を生中継する事となった
米国テレビスタッフたちの視点から、事件の発生から終結までの22時間を
ノンストップで描き切ったサスペンス映画である。
事件が起きると、アメリカのスポーツ番組チームは
突如としてその後の22時間にわたる生中継を担当することになり、
彼らの役割はスポーツ報道から国際政治の報道へと切り替わることになる。
この種の事件が生中継で扱われたのは、これが初めて。
スポーツ報道チームはまず、パレスチナ武装組織を
「ゲリラと報道するか、テロリストと報道するか」で迷うことになる。
まだ携帯電話がない時代。
画面テロップも人質の顔写真も
ハサミでチョキチョキして貼り付ける手作りの時代。
ドイツにあって英語はうまく通じず、
唯一のドイツ女性アシスタントの通訳に頼るしかない。
人質となっているオリンピック選手は何人いるのか。
夜明け前に聞こえた銃声で命を落としたコーチはいるのか。
武装組織の要求はいったい何なのか。
この状況下、オリンピックの試合はあるのか、
万が一あったとしても、試合を中継し続けてもいいものなのか。
あらゆる緊迫を『セプテンバー5』は、上映時間95分にまとめあげた!
室内劇のような形式で精神衰弱ギリギリに描かれた傑作だ。
そこではカメラだけ、
目前で繰り広げられる歴史的な事件をありのままに映し出す唯一の目となる。
自らの責任を実感するジャーナリストたちは、
直面する道徳的、倫理的、職業的、
そして最終的には心理的なジレンマに叩き込まれることになる。
この緊迫感に溢れた傑作の脚本と監督を担当したのは
新鋭ティム・フェールバウムで、終末世界を舞台にした『HELL』など、
ジャンル映画で培ったサスペンス的演出技術を、
社会派の作品に見事に融合させた。
見事な演技のアンサンブルを織りなすキャスト陣には、
『ニュースの天才』(2003年)などの名優ピーター・サースガードと、
2022年ドイツの問題作『ありふれた教室』のレオニー・ベネシュ、
そして『パストライブス/再会』(2024年)のジョン・マガロほか、
名優の呼び声高いバイプレイヤーたちが集結した。
特筆はレオニー・ベネシュでドイツ語通訳者として各場面をかっさらう。
まちがいなく今年のアカデミー賞助演女優賞筆頭と思ったが
ノミネートすら無しには失望した。アカデミー協会の凡ミスと言えよう。
オープニングの映像に映り込むマンハッタンのいまは無きツインタワーは
その後“セプテンバー11”(アメリカ同時多発テロ)へと繋がる予告か。
メディアでの拡散を強く意識した現代のこうしたテロリズムや、
今まさに複雑化する国際情勢の中で、本作の描く、報道の自由と
責任の在り方は、SNSの普及で人類全体がメディアと化した現代社会において、
新たな意味を持つメッセージとして、観る者すべてに深く問い掛けてくる。
エンディングでツインタワーを象徴的に映し出した『ミュンヘン』は、
2005年のスピルバーグ監督映画。
『セプテンバー5』と合わせて観たい作品となった。
『セプテンバー5』
2月14日(金)より、全国順次公開
監督・脚本:ティム・フェールバウム『プロジェクト:ユリシーズ』
出演:ジョン・マガロ『パスト ライブス/再会』
ピーター・サースガード『ニュースの天才』
レオニー・ベネシュ『ありふれた教室』ほか
全米公開:2024年11月29日
原題:SEPTEMBER 5
配給:東和ピクチャーズ
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