『追龍』映画レビュー

映画世界にとって、一時期、香港は特別な地だった。エネルギーと歓喜に満ちた作品群は、胸を熱くしてくれた。ジョン・ウーや、ツイ・ハークは、ハリウッドアクションの世界をワンランク上にのし上げた。

1997年の香港返還以降、香港映画の微妙な変化は仕方ない。政治状況は映画やエンタメの世界に、多少ならずとも、影響してくれるものだから。

それでも、その後に公開された、『インファナル・アフェア』シリーズ、『イップ・マン』シリーズ、など香港アカデミー賞こと、香港電影金像奨受賞作やノミネート作は人気もあるし、快作でもある。一時の勢いとは質が違うけれど。

『追龍』は、2020年度の香港電影金像奨ノミネート作品。その重量感、密度、充実感で、映画を見る至福をいまさらながら確認させてくれる。

時は、1960年代、警察は汚職にまみれ、黒社会のボスたちが街を抑え込む。香港は混乱の時代を迎えていた。中国本土・潮州から不法移民としてやってきたン・シーホウは、楽に稼げると聞きつけ、マフィア同士の喧嘩に加わってしまう。

はずみで、英国人警司ヘンダーソンに暴行を加えたことで拘束。シーホウの喧嘩強さを傍で見ていたリー・ロックは、「本部へ連れていかれれば、彼は殺される」と、自分の分署へと連行する。

結局、ヘンダーソンが現れ、シーホウは酷い暴力を受けるが、危機一髪のところ、リー・ロックにより助けられる。それを恩義に感じたシーホウは、次にリー・ロックの危機に駆けつけることに。黒社会の大物となったシーホウと、リー・ロックは、二人で香港を支配する意思を固めていく。

舞台となった1960年代の香港の、無法地帯で有名だった九龍城の迷宮のような世界や、建物すれすれに飛ぶ飛行機など、かつての香港が再現されている。

混沌と熱気と希望と苦しみが息づく世界が、スクリーンから浮き上がってくる。香港では何度も映画化されている、シーホウと、リー・ロックという伝説の悪党が住む世界だ。

香港のトップに君臨しようとする二人の男の野望と運命は華麗で過酷だ。それを描きつつ、見えてくるのは、香港の本質と歴史を俯瞰しようとする監督の意思だ。

そして、混沌としていたかつての香港、そしてそこには、不透明感の中で騒乱のさなかにある現在の香港の姿も透けて見える。

香港への強い愛情も伝わってくる。かつてエネルギッシュな精神で世界に影響を与えた香港映画の憧憬とともに。二人の男の必死の生きざまは熱く胸に迫る。

(オライカート昌子)

追龍
(C)2017 Mega-Vision Project Workshop Limited.All Rights Reserved.
公開中
2017年製作/128分/R15+/中国・香港合作
原題:追龍 Chasing the Dragon
監督:バリー・ウォン ジェイソン・クワン
出演;アンディ・ラウ、ドニー・イェン
配給:インターフィルム