夢売るふたりの画像
(C)2012「夢売るふたり」製作委員会
 西川美和監督はわたしよりふた回りも年下なのだが、彼女の新作を見るたびに尊敬の念を覚える。『蛇イチゴ』(02)、『ゆれる』(06)、『ディア・ドクター』(09)といずれも人間性に深く踏み込んだドラマを発表してきた彼女の最新作は、夫婦愛の物語。といっても西川美和がほのぼのとした優しい物語などつくるはずはない。彼女の世界は情が濃く辛口である。

 貫也(阿部サダヲ)と里子(松たか子)は経営していた小料理屋を火事で失った。卑屈になる貫也を励ましながら、里子はバイトを続け、店の再建を夢見る。ある日、かつての客(鈴木砂羽)と遭遇した貫也は、はずみで関係を持ち、彼女から大金をもらう。それはすぐに里子にばれ、里子は貫也に寂しい女の気を引く素質があると見抜き、女たちから金を出させる詐欺を思いつく。

 咲月(田中麗奈)を筆頭に何人もの女たちが夫婦の仕掛けにはまっていく様子はコミカルかつエロティックで楽しいが、夫婦をよく見れば確実にみずからの心を苛んでいるとわかる。そして重量挙げの選手(江原由夏)に貫也が親身になったとき、里子の胸に確かな嫉妬心が芽生える。彼はその後もターゲットにした女たちに誠意をもって接するようになり、里子の胸に虚無感が広がる。夫婦は兄妹を装うが、実生活も兄妹のような関係になっていく。

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(C)2012「夢売るふたり」製作委員会
『舞妓haaaan!!!』(07)で京都・祇園での遊びを夢見るサラリーマンを狂騒的に演じた阿部サダヲが、泣き言をいいながら女のふところにするりとはいり込む男を好演。そして『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』(09)で和服の似合う風情ある女を演じた松たか子が、弱音を吐かずに夫を叱咤激励するしっかり者の妻をハードボイルド・ヒロインのように演じる。

 因果応報というべきか、結局、貫也は刑務所に収監されることになる。そして里子は貫也を待つかのように、近くの仕事場でフォークリフトを操り、毅然とした表情でカメラ、つまり観客をひと睨みする。女たちのもとに流れ出てしまった貫也の愛情は里子のもとに返ってきただろうか。とうの昔に決めたことであるかのように、里子はどんなことがあっても貫也を手放さない。けっして映画を手放さない西川美和監督の意志がそこにだぶって見える。
                             (内海陽子)

夢売るふたり
2012年9月8日(土) 全国ロードショー
松たか子 阿部サダヲ  原案 脚本 監督 西川美和
田中麗奈 鈴木砂羽 安藤玉恵 江原由夏/木村多江
やべ きょうすけ 大堀こういち 倉科カナ/伊勢谷友介/古舘寛治 小林勝也/香川照之/笑福亭鶴瓶
企画 製作プロダクション オフィス シロウズ/配給 アスミック エース/助成 文化芸術振興費補助金/2012年/日本/カラー/1:1.85/ドルビーデジタル/137分
公式サイト yumeuru.asmik-ace.co.jp