『嗤う蟲』映画レビュー 田舎スリラー発展形

田舎スリラーはおもしろい。ヒッチコックの『サイコ』はその代表格。ジョーダン・ピールの『ゲット・アウト』もそうだ。都会を離れた田舎でスリリングな事件に巻き込まれる。

田舎スリラーのおもしろさの理由は単純。そこは見知らぬ土地。見知らぬ人々がいる。旅情を刺激してくれることも楽しさの一因。だがそれだけではない。

主人公は、自分が知っていることや経験の範囲内で田舎の生活や人々を想像するけれど、行った先で突き当たるのは信じられない事実や出来事だ。そこでは自分をもう一度考え直し、新しい自分になる努力が必要になってくる。そこにスリルがある。今までの自分から脱皮できなければ、命を失う危険もある。見知らぬ土地で見知らぬ自分に出会うこと。そこに最大の面白さがあると思う。

定番の田舎スリラーだけど、最近の傾向には発展要素もある。田舎暮らしスリラーと変貌を遂げている。その代表格は、2022年に行われた第35回東京国際映画祭でグランプリ他を受賞した『理想郷』だ。田舎を訪問するだけでなく、田舎暮らしに憧れを持って移住を決めた人が主人公。

単に田舎に訪問や観光するだけでなく、今までのすべてを捨て、覚悟を持って移住するわけだから、憧れふわふわ気分に対する反作用は強くなる。因習や慣例の渦にのみこまれる速度や強度も激しい。『嗤う蟲』は、新たなジャンルの田舎暮らしスリラーのおもしろさが、これでもかという勢いで襲ってくる。

主人公夫婦の、杏奈(深川麻衣)と夫の輝道(若葉竜也)は、“麻宮村”に移住を決めた。美しい自然の中、穏やかに流れる時間。どれだけ素晴らしい生活を送ることができるのか、二人は期待に満ちていた。だがしばらくすると、不穏なことが起こり始める。

『嗤う蟲』のおもしろさが高まるのは、そこからだ。定番の田舎スリラーの枠が発展していく。そこに潔さがあって、見ている側の気分が高まる。私の場合、悪役の元ネタの発見が大きかった。作り手が想定してるのかどうかは不確かだけれど、アメリカドラマ好きなら必ず見ているはずのドラマの主人公を思わせる。それに気づいてから、二重写しに見えて愉快で爽快なのだ。

監督は、『アルプススタンドのはしの方』で高く評価された城定秀夫。脚本も、実際に起きた事件を描いた初長編『先生を流産させる会』、『許された子どもたち』『ミスミソウ』など社会派作品に定評のある内藤瑛亮。

二人の技量が田舎スリラーを上手く料理し、当事者でなければ見えにくい日本社会にある問題も、うっすらと提起している。そして、タイトルの『嗤う蟲』の意味が分かる瞬間には祝祭的イメージが最高潮に高まる。やっぱり、田舎スリラー映画は面白い。

(オライカート昌子)

嗤う蟲
Ⓒ2024映画「嗤う蟲」製作委員会
1月24日(金)より新宿バルト9ほか全国公開
配給:ショウゲート
キャスト:深川麻衣 若葉竜也 松浦祐也 片岡礼子 中山功太 / 杉田かおる 田口トモロヲ
監督:城定秀夫 脚本:内藤瑛亮 城定秀夫 音楽:ゲイリー芦屋
2024年/日本/カラー/シネスコ/DCP5.1ch/99分/PG-12 waraumushi.jp