『まほろ駅前狂騒曲』映画レビュー

(C)2014「まほろ駅前狂騒曲」製作委員会
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 よくも機械に感情移入できるものだと夫に笑われるが、アニメ『カーズ』(06)と、そのスピンオフ作品『プレーンズ』(13)が大好きだ。『プレーンズ』は日本語吹き替え版で鑑賞、主人公の声の吹き替えが瑛太だと知って感じ入った。いくら思い返しても彼の顔が浮かんでこないからだ。演じることの基本をきちんとつかみ、役をどう表現するべきかをわきまえていると再認識した。

 そんな興奮を携えつつ『まほろ駅前狂騒曲』の瑛太を観ると、むやみに誇らしい気持ちになってくる。相方は『舟を編む』(13)で昨年度の多くの主演賞を受賞した松田龍平。テレビ版『まほろ駅前番外地』でさらに確かなファンをつかんだはずの二人、多田と行天が、いつものように懐かしい匂いを振りまきながら新たな依頼に取り組む。そして長くわだかまっている問題に立ち向かう。

 大晦日の夜、多田(瑛太)は行天(松田龍平)の別れた妻(本上まなみ)から娘のはる(岩崎未来)を預かってくれと依頼される。娘の父とはいえ、行天にその自覚はなく、そもそも親になることを嫌悪している。事情を伏せて預かったはるは、愛らしくさびしがりやですぐに多田になつき、やや時間をかけて行天とも心を通わせる。野郎二人に少女が加わって便利屋の事務所は華やいできた。

 そこへ馴染の小学生、由良からSOS。母親が怪しげな団体に入団して彼も農作業をやらされていると嘆く。団体の代表・小林(永瀬正敏)は、行天の幼少時を知っている。多田は生後間もなく亡くした子への思いを、行天は母親に虐待された傷を抱えているが、それを受け入れ、未来へ向かう第一歩になりそうな道筋が見えてくる。まほろの裏社会を仕切る星(高良健吾)の強引な依頼、上昇志向の強いやくざ(新井浩文)のたくらみ、思い込みの激しい老人(麿赤兒)が仕掛ける珍妙なバスジャック事件などが、いやおうなく二人の背中を押す。

 全編を通してわたしが最も胸打たれたのは、多田がはるを抱きしめるシーンである。男らしい大きな手ではるの背をそっと引き寄せ、何ものにも代えがたいものであるかのように慎重に抱きしめるのだ。こんなふうに抱きしめたことも抱きしめられたこともない。あったことを忘れてしまったのかもしれないけれど。何度か繰り返されるこの抱擁シーンを見ていると、とても崇高な場に立ち会っている気がして頭を垂れたくなる。

 多田は父性というより得がたい母性の持ち主であり、そんな彼の店だからこそ、さまざまな迷い人がやってくるのではないだろうか。行天もまたそんな迷い人のひとりであるとすれば、少なくとも彼の迷いが消えるまで“多田便利軒”は営業し続けるだろう。そしてこの世に迷いのない人間がいない以上、実際のところ“多田便利軒”は廃業不能な店なのである。
                              (内海陽子)

まほろ駅前狂騒曲
014年10月18日(土)、新宿ピカデリー他 全国ロードショー
オフィシャル・サイト
http://www.mahoro-movie.jp/

『まほろ駅前多田便利軒』レビュー