ブラック・スワンの画像
(c)2010 Twentieth Century Fox
ブラック・スワンは芸術の持つ魔力と魅力への対抗

バレエの世界は、昔少女だった私たちには、永遠の憧れだと思う。天への飛翔を模したようなトゥシューズの軽やかなステップ、優雅なチュチュ。しかし美しさを生み出すのは、長く厳しい鍛錬の時間と、それに耐えつつ花開くわずかな数の才能だ。

バレエは、スポーツや格闘技のように肉体の極限と超越を要求する。バレリーナたちは、プロスポーツ選手と同じように、怪我の苦痛を当たり前のように考える。時に傷つくのは肉体だけでない。芸術性が要求するのは、精神の傷かもしれない。

『ブラック・スワン』で描かれるのはそんな世界だ。登場するのは、思い描いた究極の芸術のためなら、人間の感情なんて一顧だにしない舞台監督。プリマに憧れ、その望みが叶うのと同時に自らの心が抱える暗黒の部分に直面させられる可憐な主人公。

高みを目指す登場人物の姿は、どうしてそこまでするのだろうと不思議に思うほどだ。その理由ひとつとして、舞台が持つ魔力が考えられないだろうか。

ブラック・スワンの画像
(c)2010 Twentieth Century Fox
魔力は、喝采のエネルギーと共に、舞台に立つ者に歓喜と至福を与える。その喜びは一度味わったら二度と忘れられない。芸術は見る側のものであると同時に表現する側のものでもあるのだ。当たり前のことだが。

ダーレン・アロノフスキー監督は前作の『レスラー』でも肉体の極限までの酷使、表舞台への執着を描いた。今回もテーマは同じだが、ありふれた日常的な光景が共感を生んだ前作とは大きな違いがある。

不快感にも似た質感とサスペンス。母娘の葛藤やライバルやもう一人の自分の出現など。ラストのカタルシスも不純物が混じったような奇妙な後味をかもし出す。ダーレン・アロノフスキー監督は、より映画的表現をすることで、生の表現(バレエやレスリングなど)へ対抗したような気がする。

生の舞台が持つ魔力へは抗えない。しかし映画も映画の魔力がある。二つは全く別物だが、表現者と観客に作用する強い引力と執着を生むのは同じなのだと。(オライカート昌子

2010年 アメリカ映画/108分/監督:ダーレン・アロノフスキー/出演:ナタリー・ポートマン、ヴァンサン・カッセル、ミラ・クニス、バーバラ・ハーシー、ウィノナ・ライダーほか、/R15+
『ブラック・スワン』公式サイト
2011年5月11日(水)TOHOシネマズ 日劇ほか 全国ロードショー