『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』映画レビュー 感想
ビック・シックというタイトルだけみると、どういう映画か全く想像つかないと思うけれど、恋愛映画でもある。異文化コメディの一種でもある。『ゲット・アウト』のような。実話でもあり、駆け出しコメディアンの主人公を当人が演じていて、スタンドアップコメディアンの世界を体感できるのも大きなポイントだ。そして、思いもよらないことが贈り物のように訪れてくるというテーマ性も映画を彩っている。
人生からのギフトは、必ずしも口当たりがいいものではない。この映画の場合は、ビック・シック、つまりエミリーが謎の病気で昏睡状態になってしまうこと。ほんの少し長い目で見れば、ネガティブに見えたことでも、人生の風味や奥深さが何倍にも感じられる嬉しい転機にもなり得る、それを優しいやり方で思い出させてくれる映画だ。
そんなたくさんのことを盛り込んで、ごちゃごちゃにならないの? って心配になるけれど、そこがこの映画の特別なところ。しっかりまとまっている上、後味のよさも格別だ。前半は異文化コメディが全開なのだけど。
結婚はお見合いに限る。仕事は弁護士か医者。一日5回は必ずお祈りというように、主人公のクメイルの家族は、カプセルに入ったかのようにパキスタンでの生活や信念を大切にしている。クメイルは、家族の前では、パキスタン伝統の生活信条を守っているかのようにみせているけれど、西洋人の女の子をとっかえひっかえしている。お祈りをすると言って、地下室でゲームするのも秘密だ。駆け出しコメディアンであることも、それでは生活が成り立たないのでタクシー運転手をしていることも話していない。
彼はエミリーに出会い、お互いがお似合いの相手であることが次第にわかってくるけれど、ついにある日、エミリーは、葉巻タバコの箱の中に、クメイルがお見合い相手の女性の写真を山ほど貯めているのを発見し、ずっと内緒にされていた関係であることを知ってしまう。二人はあっけなく別れることに。
だがある日、エミリーの友人からエミリーが体調を崩して救急車で運ばれた、様子を見に行ってと頼まれる。エミリーは昏睡し、クメイルは思いがけなくエミリーの両親と対面することに。
『ビック・シック』は、わずか7館から始まって、数々の賞を受賞し、アカデミー賞にもノミネートされるのでは? と言われていた。残念ながらノミネートは逃してしまったが。
だいたい、ジャド・アパトー製作映画が、賞レースに関わると言うこと自体かなり珍しい。ジャド・アバトーといえば、『40歳の童貞男』(この映画は賞を獲っているけれど)を初め、どぎつい成人ギャグが多いことでも有名。日本ではほとんどの作品が未公開映画でDVDスルー。最近では『はじまりの歌』のようなお洒落で心に染みる映画も増えてきている。その流れなのかもしれない。ビック・シックの笑いのポイントは上品。安心して観ていられるのでぜひ楽しんで欲しい作品だ。
私が一番楽しめたのは、クメイルのスタンドアップコメディの様子。時には「ISめ、出て行け!」と悪意を込めた野次も飛ぶ。少しうろたえた後、必至自分のネタを披露するクメイルだったけどど、ビック・シックを乗り越えた後では「僕はISです」と、それを笑いに変える彼がいる。ごった煮映画が美しく花開いた様子に見えてくる。
(オライカート昌子)
ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ 作品情報
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TOHOシネマズ 日本橋ほか全国順次ローショー
公式サイト http://gaga.ne.jp/bigsick/
2017/アメリカ/120 /
原題:THE BIG SICK/
ロマンス/監督:マイケル・ショウォルター/キャスト・クメイル・ナンジアニ、ゾーイ・カザ、/レイ・ロマノ、ホリー・ハンター、アヌパム・カー/脚本:エミリー・V・ゴードン/クメイル・ナンジアニ/製作総指揮:ジャド・アパトー/配給:ギャガ