この映画は、フランシス・フォード・コッポラが、歴代映画監督の中で

断トツのナンバーワンであることを立証してくれる。

『ゴッドファーザー』(1972)、『カンバセーション…盗聴…』(1973)、

『ゴッドファーザー PARTⅡ』(1974)、『地獄の黙示録』(1979)。

そして、『雨のなかの女』(1969)、『レインメーカー』(1997)など。

映画史のエポック・メーキングがずらりと並ぶ。

コッポラは誰もがなしえなかった音響技術をも自ら実践した猛者だった。

『ようこそ映画音響の世界へ』では、コッポラが60年代後半から

小型録音装置を駆使して屋外撮影(ロケ)を可能にしたことを語っている。

あのむっくりとした巨体が、ナグラ社の小型録音装置を操っている風景を

想像するだけで微笑ましく感じてしまう。

しかし、その後のロケ録音にどれだけ貢献したかを考えると

コッポラの挑戦には頭がさがるばかりだ。

保守的なスタジオ撮影、がんじがらめのスケジュールやルールに

萎縮するスタッフたちを解き放ってくれたのはコッポラなのだ。

1969年。資金が潤沢で横暴なメジャー映画会社の呪縛を逃れて、

ジュージ・ルーカスらと「アメリカン・ゾエトロープ」社を設立。

とくに、『カンバセーション〜』と『地獄の黙示録』でこだわった

音作りとミキシングへの追求は想像を絶する偉業だった。

完璧主義者ゆえ、板挟みになったコッポラが

こめかみに銃口を当てる撮影風景の一コマは

映画ファンなら一度は目にしたことがあるだろう。

先日、日本に数館しかないドルビーシアターで

『地獄の黙示録 ファイナル・カット』を見たが、

あらためてその映画音響には度肝を抜かされた。

朝焼けの中、9機のヘリコプターが行く。

戦闘を前にたわいも無いジョークに耽る兵士たち。

やがて、緊張からか、ヘルメットが小刻みに揺れる。

ヘッドホンから微かに聞こえる兵士の嗚咽にも似た吐息。

それらすべてをかき消すように、そして鼓舞するかのように

大音量で流れ出すワグナー「ワルキューレの騎行」。

爆音、悲鳴、軋むエンジン、そして入江の波の音。

畳み掛ける驚異の映像と共に

その場にいるかのような破格の音響に度肝を抜かされた。

続けさまDVDで見たのが、『カンバセーション…盗聴…』。

『地獄の黙示録』同様、コッポラの盟友ウォルター・マーチが

映像編集と音響編集を担当している。

『カンバセーション〜』は、ジーン・ハックマン扮する盗聴のプロの物語。

サンフランシスコの中心街ユニオン・スクエアで交わされた

男女1組の会話だけをあぶり出していく超一級サスペンス映画だ。

上下四方八方、複数箇所から男女の会話を盗聴するが、

行き交う車、雑多な自然音、何よりもユニオン・スクエアに

たむろする人々の会話が邪魔で難儀する盗聴屋のハックマン。

『カンバセーション〜』は、『地獄の黙示録』とは真逆で、ミックスされた

音の集合体をひとつひとつ剥がしながら、ある男女の会話だけにたどり着く。

なるほど、『ようこそ映画音響の世界へ』で『カンバセーション〜』に

言及されていないこと、これで腑に落ちた。笑。

でもね、『ようこそ映画音響の世界へ』を見た後に、

『カンバセーション〜』もご覧いただくと、

映画の見方が劇的に変わるよ、と申し上げておこう。

『カンバセーション〜』5•1chリミックス・サウンド版では、

オーディオ・コメンタリーとしてコッポラとウォルター・マーチ

それぞれの解説が収録されているので重宝したい。

コッポラ愛はここら辺にして、

『ようこそ映画音響の世界へ』の見所をもっと紹介しましょう。

空想上の存在、『キング・コング』や『スター・ウォーズ』のチューバッカの声はどのようにして作られたのか? 

トム・クルーズの『トップガン』に登場する戦闘機の音には、

臨場感を加えるためにどのような仕掛けが施されたのか? 

「音は感情を伝える。映像体験の半分は音だ」と語るのは、

本作にも登場するジョージ・ルーカス。

ウォルター・マーチは、「音が与える印象は、映像よりずっと強い。

だけど、気づいてない人が多い」と語る。

これは、映画における音響の歴史と

知られざる映画音響職人たちの仕事に迫る、興味深いドキュメンタリーだ。

オーソン・ウェルズやヒッチコック、レッドフォード、

ソフィア・コッポラ、スティーヴン・スピルバーグ、アン・リー、

バーブラ・ストライサンド、そしてデヴィッド・リンチといった

一流のクリエイターたちがどのように映画作りの進化に貢献してきたのか。

観客の感情を大きく左右する音響技術の「魔法」について説いていく94分!

この『ようこそ映画音響の世界へ』と

しつこいけれど『カンバセーション…盗聴…』を見ると、

誰もがこう叫びたくなるはずだ。

「もう一度だけ、コッポラとウォルター・マーチの新作が見たい!!」

ウォルターは今どこにいるのか、77歳。

81歳のコッポラは、ぶどう作りを甥のニコラス・ケイジに任せて新作を願う!

(武茂孝志)

『ようこそ映画音響の世界へ』

8月28日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開

監督:ミッジ・コスティン 

25年にも渡り、ハリウッドで主に音響デザイナー、音響編集者として活躍。当時は同職に女性が少なかったものの、『クライ・ベイビー』(1990)、『デイズ・オブ・サンダー』(1990)、『愛と死の間で』(1991)、『ホーカス ポーカス』(1993)、『男が女を愛する時』(1994)、『リッチー・リッチ』(1994)、『ザ・ロック』(1996)、『コン・エアー』(1997)、『アルマゲドン』(1998)、など数多くの大作に参加。『クリムゾン・タイド』(1995)と『アルマゲドン』(1998)では、ゴールデン・リール賞の音響編集賞を受賞。 音響効果監督組合ゴールデン・リール賞の元理事であり、長年に渡り全米編集者組合のメンバーである。2005年にジョージ・ルーカスによりダイアローグ・音響編集の芸術学校の権威ある教授に認められ、USC映画芸術学校でも教鞭を振るっている。

本作『ようこそ映画音響の世界へ』が初の長編監督作である。

2019年製作/94分/G/アメリカ

原題:Making Waves: The Art of Cinematic Sound

配給:アンプラグド

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