『顔を捨てた男』レビュー

顔に極端な変形を持つ、俳優志望のエドワード(セバスチャン・スタン)。
アパートの隣人で劇作家を目指すイングリッド(レナーテ・レインスヴェ)に
惹かれながらも、自分の気持ちを閉じ込めて生きるエドワード。
ある日、外見を劇的に変えるヘンテコリンな治療を受け、
念願のハンサム顔を手に入れる。
過去を捨て、別人として順風満帆な人生を歩み出した矢先、
エドワードの目の前に現れたのは、かつての自分の「顔」に似た
オズワルド(アダム・ピアソン)という男だった。
その瞬間、エドワードの運命は想像もつかない方向へと「逆転」していく。

ある宣伝担当者は「笑ゥせぇるすまん」みたいな映画でしょと言った。
これにはいたく同感。
まるで藤子不二雄お得意のSF短編マンガが
舞台をニューヨークに移して撮られた不条理ドラマじゃないか。

ブラックなユーモアを交えて、理想と現実が反転していく物語を通して
ルッキズム(lookism)という外見至上主義を痛烈に風刺しているというが
そんなお堅いドラマではない。

今じゃ、顔をキリリと整形して会社面接に臨む時代。
名刺を見てその人の重要度を即座に計り、へつらうかどうか決める時代。
そんなブラックユーモアが随所に見える異色ドラマなのだから。

おんぼろアパート自室の天上に黒いシミが現れる。
まもなく重油のようなドロリとした液体が垂れてきて、
翌日、そのどす黒い穴からドブネズミの死骸が落ちてくる。
シミ穴は次第に大きくなっていき、
外れた鉄の梁(はり)で頭蓋骨を強打する。
こんなことは日常茶飯。

やがて、自分の顔もドロドロと剥がれ落ちてくる。
命を絶ちたくてもまだまだこの世に未練たっぷりだから
仕方なく同じフロアの住人が自殺したと仮定して自分を落ち着かせる。
そしてせめてもの償いとして、主人を亡くした猫に餌をやりながら。

終始、デヴィッド・リンチ映画のような異様さが漂う。
誰が悪いわけでもない。
もちろん自分は良き人だ。

このエドワードを演じるのは、
つい最近「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」で
世界の嫌われ野郎トランプを熱演したセバスチャン・スタン。

が、この映画の立役者はオズワルドを買って出たアダム・ピアソンである。
神経線維腫症1型の当事者で、障害者の権利向上に取り組む活動家として
BBC制作のドキュメンタリー番組にも多数出演、司会も務めた人物。

一方、俳優としても才能を発揮し、
映画『アンダー・ザ・スキン種の捕食』(13)にも出演。
英国で最も影響力のある障害者のリスト
「ショー・トラスト・パワー100リスト 2020」に選出された。

『顔を捨てた男』では、ゴッサム・フィルム・アワード、
全米映画批評家協会賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞など
数多くの映画賞で助演男優賞にノミネート。

この『顔を捨てた男』を見ると
皆さんはアダム・ピアソンの奇妙な風貌に驚くだろうが、
それが次第に愛おしく思えるにちがいない。
それがなぜなのかは終映後にわかるはずだ。

(武茂孝志)

『顔を捨てた男』
7月11日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
監督・脚本:アーロン・シンバーグ
出演:セバスチャン・スタン「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」
レナーテ・レインスヴェ「わたしは最悪。」
アダム・ピアソン「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」
撮影:ワイアット・ガーフィールド
編集:テイラー・レヴィ
音楽:ウンベルト・スメリッリ
製作:クリスティーン・ヴェイコン
ヴァネッサ・マクドネルガブリエル・メイヤーズ
2023年/アメリカ/カラー/1.85:1/5.1ch/112分/PG-12/英語
原題:A Different Man
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配給:ハピネットファントム・スタジオ