2017年にはどんな素晴らしい映画が生まれるのでしょうか。その前に、昨年、2016年に公開された映画について気ままに話し合う機会を設けました、中野豊、オライカート昌子、内海陽子の三人が参加した鼎談の模様を模様をレポートします。

『ハドソン川の奇跡』の裏テーマとは


オライカート;注目の作品について、ご意見をいただきたいと思います。『ハドソン川の奇跡』はいかがでしたか。

中野:人間の一瞬の判断が人間を救ったことを描いていますが、一瞬の判断を理解したら将来的にはコンピューターの方が安全かもしれないって思いましたね。

内海:どんどんAIに近づいていく。

中野:そういう裏テーマがあるかなって思います。『マイノリティ・リポート』(02)っていう映画では、車が家の中にあって、行き先をピピッと入力すると家の中からグライダーのように出て行って、絶対ぶつからない。全部コンピューター制御になっている。

内海:全部がコンピューターになったら大丈夫ですよね、でもそこになるまでは。

オライカート:人間が歩いたりしたらダメって言われていますね。人間はコンピューターの計算に入っていない不確定な動きをするから、自動運転にはまだしばらくかかるようです。

中野:分けなきゃダメですね。

オライカート:乗るのはいいけど、歩いちゃダメとかね。

中野:別の場所にしなければなりませんね。

内海:何か別の差別が生まれそうね。特権を持っている人と持っていない人で。

オライカート:『ハドソン川の奇跡』はベスト10に入っているんですね。

中野:入れちゃいました。スティーブン・スピルバーグ監督の2本、『ブリッジ・オブ・スパイ』と『BFG』もよかったんですけどね。

内海:私は『ハドソン川の奇跡』をはずして『ブリッジ・オブ・スパイ』を入れましたよ。

中野:『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』はスピルバーグらしくてスイートでしたね。ディズニーだし。


オライカート:心地よくて眠りに誘われました。

内海:『ブリッジ・オブ・スパイ』はスパイ役のマーク・ライランスに魅せられました。

オライカート:『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』では、心優しい巨人も演じていますね。

内海:未見なんですが『私の少女時代-OUR TIMES-』ってどんな映画でした?

オライカート:台湾映画で現在仕事に生きている女性が、90年代の自分の高校時代を振り返る映画です。

中野:オライカートさんは『デッドプール』も入れてますね。

オライカート:もちろん入れますよ。

内海:『ズートピア』もいいですね。ただ、わたしは実写とアニメは分けて考えているので、アニメはベスト10に入れていません。『ズートピア』は声優の上戸彩も素晴らしかった。

オライカート:『ファインディング・ドリー』は入れませんでした。

内海:やっぱり『ズートピア』ね。現代社会への皮肉があって。お茶目なところもいいし。

中野;お二人がいいって言っている『葛城事件』は、見逃してしまいました。相当よかったんですね。

内海:中野さんがお好きになるかどうかはわからないのですが、深く楽しく考えられると思う。

中野:失敗したな。

内海:DVDでもこの映画は問題ないです。内容で勝負するこしらえですから。

オライカート:意外な展開があるんですよ。たとえば、刑務所内の長台詞とか。

内海:基本は三浦友和です。お父さんの心理というか、自分は犯罪者ではない、犯罪を犯した家族の長としての心情です。ああいうところに視点を置く映画って今までなかったと思う。普通は犯罪者のお父さんって脇役じゃないですか。その人が主人公っていうのはあんまりないです。三浦友和が本当にいい、佐藤浩市や奥田瑛二ではダメだと思うわ。

中野:奥田瑛二じゃダメなんですか。

内海:個人的な感情です(笑)。つまりがんばってはダメなんですよ。お父さんの気持ちがわかるって一生懸命やったらダメだと思うんです。今年見た外国映画で『母よ、』っていう映画がありまして、主人公の女性映画監督が母の介護問題を抱えるという話なのですが。彼女が役者さんを演出するときに「演じるのではなくて、役に寄り添ってください」というようなことを言うんです。演じるのではなくキャラクターに寄り添う、でもそれって難しいですよね。俯瞰の目線だと思うんですけどね。

オライカート:異色ですよね。少なくとも作り手の考えではエンターテイメントではない。でも結果としてはおもしろいので、エンターテイメント的な満足感はあるんですが。

内海:問題提起する、社会派と言われるたぐいのものなんだけれど、実は個人的な気持ちにさせる。このお父さんの立場をずっと描くというのは、今までにないことで、現実世界でもそこを真剣に考えることはあまりなされなかった。この映画を見ると、誰でもそのポジションになり得るんだなと。
自分が特異な犯罪者になることはなかなか考えられないでしょ、でもその家族になら誰でもなり得る。そういう思考の広がりを促すのが作者の力だなと思う。

中野:友人たち何人かが素晴らしいと言っていたのが、『ヒメアノ~ル』ですね。わたしはダメでした。

内海:私もちょっとダメでした。

オライカート:暴力的ですしね、内海さんがいつもおっしゃる、初めに観客を嫌な気分にさせて観客を絡めとるような手法がたくさん使われています。

中野:もっと怖い映画にして欲しかった。役者たちがところどころコントっぽいじゃないですか。

内海:吉田恵輔監督が、そういうセンスの人なんです。だから、この題材はあの監督には向かないと思う。

中野:黒澤清監督が作ると怖いじゃないですか。それがこの映画はおかしいんですよ、時々、笑っちゃうんです。

内海:佐津川愛美をめぐる、濱田岳とムロツヨシのやりとりがツーカーで面白いんです。あの部分だけでよかった。殺人鬼は必要なかった。ちょっと分裂しているんです。

オライカート:ラストも分裂していますね。でも、行き過ぎず、とどまっているところがよかったです。黒澤清監督の『クリーピー 偽りの隣人』は、最後まで嫌な気分が持続しますからね。

内海:期待したせいか『クリーピー 偽りの隣人』は突っ込みどころが多すぎでした。

中野:なんかピンときませんでした。黒澤清監督は『CURE キュア』(1997)があるから、あれが良すぎて。

内海:『クリーピー 偽りの隣人』は作り方に破綻があります。誰にも感情移入しにくい。香川照之が気持ち悪い演技をしているっていうだけの映画です。彼にみんなが魅了されていく過程が乱暴なんですよ。竹内結子が料理を持っていく理由が想像しにくいし、警察官が一人で動くところが不自然。普通は二人一組で動きますよね。それから家も普通の家に見えるのに、突然気持ちの悪い空間になる。セットの問題だと思いますが。

中野:もうちょっとリアルにして欲しいですよね。

内海:作り話の中のリアルですよね。入ってはダメだダメだと思いながら、ついつい家の奥にまで行ってしまう気持ちみたいなものを作ってくれないとね。でもみんな罠にはまるのよね。すごく乱暴な作りなのに。

中野:黒澤清監督は、『ダゲレオタイプ』なども作っちゃったしね。

内海:嫌な予感がして行かなかった。どうでした?

中野:なんで外国映画を作るのかなって。フランス映画なんて。

アニメと実写の大きな違いとは

オライカート:『君の名は。』はどうでした?

内海:とってもいいボーイミーツガール映画、デートムービーだと思います。映像の展開がオタク特有の味わいで、ふすまがすーっと開くところや電車のドアが開くところなどを、下からの目線で描く。あのディテールがものすごく好きです。『シン・ゴジラ』もそうでしたが、アニメーション作家特有のアングル、見せ方の角度って面白いですよね。こういう角度から物を見るのかって。そこだけもう一回見たいです、技術のほうを。私は余り技術に気持ちがいかないタイプなんですけど、『君の名は。』の新海誠監督は技術が個性的ですぐれている、なおかつ、ドラマに膨らみがある。パニックものと、大林宣彦監督『転校生』(1982)を思わせるタイムトラベル風、メロドラマ的なすれ違い、三つぐらいの話をすごくうまく組み合わせている。

中野:僕はダメ。今の人はみんなコミュニケーション不足だから、『君の名は。』って何か妄想のような気がする。あと、三年前に起こった大きな事件をなぜ、三年後の人たちが知らない人がいるのかってこと。それから地方と東京の違い、地方の人の憧れとか、見ていて気持ちよくなかった。

オライカート:私は地方なんで、あの東京への憧れの気持ちがすごく良くわかりました。

中野:僕は東京なんで。

内海:ところでアニメと実写の違いとして、アニメの場合は全部監督の頭の中でできるじゃない? 実写との大きな違いは、実写は監督が思っても役者さんに託して表現するものだから、不測の事態が生じたり、思うように行かなかったり、あるいは違う素晴らしい要素が加わったりすることもある。それが映画の不思議だから。アニメは少しそこから外れると思うんです。そういう意味で一人の作家の観念が完璧に出るのがアニメです。その人の中で納得いかないことがあったとしても。映画は不測の事態ばっかりですものね。それを乗り越えて作り上げるから、またそれがちょっとでもこちらの気持ちに触れると、すごい喜びになるってことですよね。

中野:有名なところだと『地獄の黙示録』(1979)ですね。マーロン・ブランドと契約して、彼が現れてみたら太っていて、役がなくなっちゃって。期間が終わったらすぐ帰ってしまったり、台風がきて一回作ったセットが壊れてしまったり。破産もしたんですよね。映画自体が戦争だったらしい。

内海:『最前線物語』(1980)のサミュエル・フラー監督は「映画は戦場だ」って言い切っていますね。亡き原田芳雄さんも「映画は野蛮なものです」っておっしゃっていましたよ。でもそれが好きなんですよ、みなさんね。活力がある証拠ですよ。昔、映画は活動大写真っていいましたが、その言葉はとてもいいなあって思いますね。みんなが活動しないといけない。

オライカート:内海さんが一位の『ルーム』について。

中野:あれはいろいろな意味で衝撃でしたね。二幕ものでね。

内海:後半は凄いですよね。

オライカート:原作はほとんど前半だけです。脚本は原作者が書いていますが。

内海:前半のリアリティに支えられているんだけど。普通だったら、前半で終わるよね。ところが現実は違うんだと。広がるんだよね。

中野:見始めたときは、脱出して終わると思ってたから。でもそこは半分で。

2017年のナンバーワン映画は決まったようなもの

オライカート:中野さんの一位、二位は『レヴェナント』と『聖杯たちの騎士』ですね。

中野:『レヴェナント』は全体的に好きなんです。テレンス・マリック監督の『聖杯たちの騎士』は、本当に私の趣味です。2017年もテレンス・マリックの映画がくるので、もう2017年の一位の映画は決まったなって感じです。テレンス・マリックの映画は、シーンを見ただけで、涙がでてきちゃうんです。映画全体のほぼ8割くらいが、マジックアワーで撮っていますし、心地いいんですよね。物語は一種ラブストーリーなんですけど、山があったりなかったり。

オライカート:ラブストーリーと親との話、兄弟との話もでてくるし、人間関係全般の話になっていますね。

内海:私は見ないことにしているんです。テレンス・マリックはまったく合わなくて。

中野:そういう方もいらっしゃるみたいですね。

内海:マジックアワーを見た瞬間にシャットアウトしてしまうかもしれませんね。それだけ、ターゲットがはっきりしているという意味では珍しい、稀有な監督なのかもしれませんね。

中野:オライカートさんと武茂さんは、よくも悪くもなかったって言ってましたね。

(C)2014 Dogwood Pictures, LLC

オライカート:見た直後より、あとからくる映画だと思います。見ているときはいろいろな女性遍歴を次から次へと見せられた疲れがあって、うまく評価できないんですが、今考えると、私たちの生活の中とつながっている共通点が感じられるようになってくる。ところで、ベスト10選ぶのは楽しいですよね。

内海:私は苦痛です。自分の立脚点がぐらぐらだから。

オライカート:内海さんはしっかりされているんだなって思います。

内海:気に入ったものに理屈をつけているだけですからね。気分ですね。

中野:どうしたって「キネマ旬報」読んでると、内海さんのベスト10には、面白い、娯楽として見ることができる映画がちゃんと入っているなって思います。

内海:やっぱりね、娯楽じゃないとだめだと思う。

中野:重い深刻な映画とか、ちゃんと外していますから。そのへんはたいしたものだと思います。

内海:映画評論家とはなんぞやと思ったときに、映画研究家ではないし、大学で映画の勉強をして映画評論家になったタイプでもないし、要するに映画ファンだから。たまたま職業として映画評論家になったということを考えると、やはり自分が一番喜びを感じるのはどういうところか、というのと、この道に導いてくれた山田宏一さんが常々おっしゃっていることですが「我々、映画評論家というのは、呼び込み屋だよ」ということです。映画館の前で「この映画おもしろいよ、見てってちょうだい」という、それが基本じゃないか、ということです。やり方は人それぞれですが、基本は”呼び込み屋”。自分の書いたものを読んだ人が、映画館に足を運んでくれる、あるいはDVDで見る。そこですね。だから、面白い映画でなかったら、人に勧められないし。勧める言葉も面白くなくてはいけないし、私の書くものに興味を持ってくれる人がいたら、次も読んでって。その繰り返しですよね。でもそれが一番なんですよ。あんまりかっこつけるより。かっこつけても、本当に映画好きな人にはバレちゃいますからね。

中野:私の強みとして、中学時代、大学時代に映画を作っていました。だから映画のカットとか、見せ方がおもしろいんですよ。一晩かけて、ベッドから落ちたカットを撮ったことがあります。三つに分けるとわざとらしいし、ドンという瞬間ですね。何コマきるか、映画ってこんなに大変なのか、と仕事にしたらとんでもないぞ、と思いましたね。

内海:映画を見ていても私とは全然違うでしょうね。

中野:純粋に凄いと思ったのは、『ルーム』ですね。『レヴェナント』はディカプリオが出てるから。私の完全に贔屓だから。『レヴェナント』の中では何度死んでるんだと思いましたが、生きてましたからね。

内海:途中から亡霊かもしれないですよね。

2016年の映画は差別を描いた映画にグッときた

中野:あと、2016年の映画を振り返って、差別をどこかで描いている映画、たとえばレヴェナントは、息子の復讐劇。息子がインディアンじゃないですか。あるいはLGBT関係の、『キャロル』とか、『リリーのすべて』とか。あのへんもグッときました。昔は凄く差別された意識があったけど、今は変わってきて、こういう歴史があったということを教えてくれる映画に結構ハマりました。『ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気』というジュリアン・ムーア主演の映画もよかったですが、やっぱり『キャロル』ですね。お洒落で、素敵でした。

内海:堂々としてるのがいいわね。ああいうテーマは被害者意識が出ることが多いけれど。「わたしたち、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの?」というような。それがちょっとでも感じられると嫌なのよ。だって悪いけど、生きていれば、人間ちょっとしたことで眉をひそめられたりすることって、いくつもあるわけ。あきらかに通常の生き方と違う、変わった性向を持っていたら、白い目で見られたり、変な目で見られたりするのはあたりまえだと思うんですね。そこはやっぱり、乗り越えるべきであって。自分たちが被害者になるのではなく、目の前の障害を乗り越えていく力を見せないといけないと思う。それができている人は、現実でも、尊敬される人になっているじゃない。生きるってことは、誰だってそんなに簡単なことではないのよね。隠したり我慢したり、人に合わせて生きていることはいっぱいあるものね。性の問題に関しては、もう堂々とやってもらえば立派だと思うわ。それだけよね。それから大前提として、その人の人間性があるよね。常に性のことだけ考えて生きているわけではないもの。『キャロル』はそういう意味でもカッコいいなあって思います。

中野:ケイト・ブランシェットも好きだからな。カッコいいな、あの人。

内海:今回は特にきれいでしたよね。監督はゲイの方ですね。ケイト・ブランシェットに深い想いを託しているかんじがする。

中野:監督はトッド・ヘインズ。


内海:わたしは中野さんがテレンス・マリックをお好きなように、トッド・ヘインズ監督が好きかもしれない。

オライカート:『シングルマン』のトム・フーバー監督は『リリーのすべて』の方ですね。

内海:『リリーのすべて』は被害者意識がありますね。

中野:ありますね。私はあの女優、アリシア・ヴィキャンデルが好きなんですよ。あれこそ人間愛。ラブストーリーというより、人と人の愛情もの。

オライカート:性の問題なんでしょうか? 夫婦を全うしているので、夫婦愛を描いてるとも思います。

内海:二人は性的な関係だと思うよ、たとえ成就しない関係であっても。中野さんの言う、人間愛というのも、俗に言うと性的なものだと思うの。

オライカート:人間愛も性的なもの?

内海:性を抜きにした人間愛っていうのはないんじゃないかと思うんです。

中野:好きな人には触りたいってことはありますからね。

オライカート:最後に2016年の映画の世界のニュースを、トップワンとして選んでいただきたいと思います。

中野:わたしの2016年の映画ニュースのトップワンは、レオナルド・ディカプリオがアカデミー主演男優賞をとったことです。とにかく彼が大好きなので。

オライカート:わたしは、ドキュメンタリー、『TOMORROW パーマネントライフを探して』です。未来をポジティブに考えるのが難しい時代に、いろいろな人がポジティブで豊かで楽しい未来を作ろうとしている。それを女優のメラニー・ロランたちが世界を旅して、捜し求めている様子を描いています。政治を変えるために、政治家を投票ではなく、くじで選ぶのはどうだろうかなんて意見も出てくるし、地域通貨の発行とか。

内海:私のトップワンのニュースは「トップムービー」で、このように座談会を定期的に行ったことです。ただの茶飲み話でなく、一本の映画を語り合うことでお互いの考え方や生き方がはっきり見えてくるのに興奮しました。

オライカート:2017年もぜひ続けていきたいですね。どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

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