ときどき小説家のプロフィールに建築学を学んだという記述を見る。建築学を学ぶどころか、数学の成績もおぼつかなかったわたしは、劣等感に囚われつつそういう作家の思考を想像する。群像劇『桐島、部活やめるってよ』は原作を再構築した脚本家の腕が冴え、優秀な建築家の仕事を見るようだ。むろん、演技陣に対しては、名指揮者である吉田大八監督のタクトが全員を自在に操り、繊細に包み込む。操られ、包み込まれるのは観客も同じである。
バレー部のキャプテンで高校一のスター、桐島が部活をやめるという噂が校内を駆けめぐる。彼の恋人や友人はもとより、冴えない映画部の生徒、涼也(神木隆之介)にもその影響は及ぶ。彼はバドミントン部のかすみ(橋本愛)に惹かれているが、彼女の気持ちをうまくつかめない。かすみと同じ女子グループの梨紗(山本美月)は桐島の恋人なのに、彼から退部を知らされていない。吹奏楽部の部長、亜矢(大後寿々花)は桐島の親友、宏樹(東出昌大)をひそかに愛しており、宏樹の恋人、沙奈(松岡茉優)はそれに気づく。
誰もが自分の視点からしか世界を見られないが、世界はその視点によってまったく異なる悪意や悲しみを漂わす。女子グループの屈託なさげなおしゃべりは涼也をいとも簡単に貶め、彼はいまに彼女らの鼻を明かしてやると映画作りに奮起する。クールな美人を気取っていても、梨紗は恋人から連絡のないことに落胆し、沙奈に同情されるのも腹立たしい。可愛さと安っぽさが同義である沙奈は、あえて亜矢の目の前で宏樹にキスをせがむ。ショックを受けた亜矢に、吹奏楽部の後輩、詩織(藤井武美)は憧れ以上の感情をあらわにする。
思春期に限らず、人はみなひりひりした心を抱えて生きている。人の気持ちは捕えがたく、自分の思いはうまく届かず、手にはいったと思えた愛情はするりと逃げてしまう。抑えがたい憤懣と恋情をゾンビ映画「生徒会オブ・ザ・デッド」に注入する涼也が、妄想を創造力へと昇華させるクライマックスは快哉を叫びたい。高校生たちを未熟者として捉えるのではなく、手にあまる未来を抱えた存在として慎重に描く誠実さがこの映画の底力になっている。地味に装ってなおさら才能をきらめかせる神木隆之介をはじめ、若い演技陣の将来が保証されたもののように感じられて喜ばしい。
(内海陽子)
桐島、部活やめるってよ
8月11日(土)、新宿バルト9ほか全国ロードショー!
【公式サイト】 kirishima-movie.com
【原 作】 朝井リョウ(第22回小説すばる新人賞受賞)
【監 督】 吉田大八(『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』『クヒオ大佐』『パーマネント野ばら』)
【脚 本】 喜安浩平、吉田大八
【プロデュース】 佐藤貴博(『DEATH NOTE デスノート』『GANTZ』『君に届け』)
【出 演】 神木隆之介、橋本愛、大後寿々花ほか
【企画・製作】 日本テレビ放送網
【制作プロダクション】 日テレ アックスオン
【配 給】 ショウゲート
【公式サイト】 kirishima-movie.com