『残穢【ざんえ】―住んではいけない部屋―』 映画レビュー

     (c)2016「残穢-住んではいけない部屋-」製作委員会

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 部屋に関連するホラーもたくさん見てきたが、ときどきひょいと思い出すのは、池田敏春監督『いきすだま~生霊~』(2001)の第2話「空ほ石の(うつほいしの)……」に登場する団地の部屋だ。帰宅すると閉めたはずの押し入れの襖がいくらか開いているというだけの描写が、日常に忍び入るように怖かった。

 この『残穢』は、マンションの和室の畳をさぁっさぁっとこする音が恐怖の始まりだ。ホラーではあるが、その音の原因を追究し、歴史を丁寧にさかのぼっていく構造なので、恐怖をかきたてられるというより、知的好奇心をくすぐられる(と見栄を張る)。主人公たちと恐怖の源を探求する旅に出るかんじだ。

     (c)2016「残穢-住んではいけない部屋-」製作委員会

(c)2016「残穢-住んではいけない部屋-」製作委員会
 読者から寄せられた怖い話を連載している小説家(竹内結子)のもとへ、女子大生・久保(橋本愛)から“ある音”についての報せが届いた。畳の定まった場所を軽く箒で掃除しているような音だと言う。やがてちらりと見えた着物の帯のようなものから、天井からぶら下がった何者かの帯のイメージが浮かんだ。やがてこの部屋の前住者が転居先のアパートで自殺していたとわかる。

 ある部屋がきっかけで自殺者が出る。それは以前に自殺した者が呼んだのか。その者が自殺した原因は何か。小説家と久保は、マンションが建てられる以前の土地の変遷をたどっていく。明らかになるのは、その土地に住んだ人々のさまざまな不幸、あるいは心の病である。赤ん坊の泣き声、狂気、ゴミ屋敷、座敷牢、ときおりゆがむ婦人図。この土地は亡き者たちの“残穢”によって長期にわたって汚染されてきたのだ。そしてそもそもの発信源は九州にあると知れる。

 長い時間をかけて日本の広範囲を汚染した残穢が、調査する主人公たちに影響を及ぼさないはずはなく、小説家は痩せて顔色がわるくなり、久保は畳のない部屋に転居してもなお“その音”を聴くはめに陥る。小説家とその夫が新築した家にも何者かの気配が濃厚である。ウイルスに感染するかのように、この残穢は防ぎようも封じようもないのである。

 それにしても、ひとまず源と特定された人々は確かにむごたらしく殺されたに違いないが、それを言い出したら、歴史上、虐殺、惨殺された人々は数知れず、その人々が残穢を世界中にまき散らしたら、この世は狂人と廃人と犯罪者だらけになってしまうではないか。そう、これは映画だ、なにもかも作り話なのだ、とあえて言葉にするのは、この映画の残穢から逃れたい一心からである。

 中田秀夫監督『リング』(1998)から18年。中村義洋監督は、和製ホラーの新たな誇るべき恐怖の形態を提示した。残穢は必ずしもすべての人に災いをもたらすわけではないが、それは気づかないだけにすぎない。脆弱な精神の持ち主はなにとぞご用心を。暗いしのびやかな笑いが聞こえる。
                                   内海陽子

残穢【ざんえ】―住んではいけない部屋―
2016年1月30日(土)全国公開
原作:小野不由美 『残穢』(新潮社刊)  第26回山本周五郎賞受賞、2015年7月29日文庫化予定
監督:中村義洋
脚本:鈴木謙一
出演:竹内結子、橋本愛、佐々木蔵之介、坂口健太郎、滝藤賢一ほか
配給:松竹 
公式サイト 
http://zang-e.jp/