スティーヴン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』が監督賞に輝いた1998年、「第71回アカデミー賞授賞式」でその事件は起きた。
それまでタブーとされていたユダヤ人問題に初めて切込んだ『紳士協定』や、アメリカ映画の金字塔とされる『エデンの東』など、数々の名作を手掛けてきたエリア・カザン監督が「アカデミー名誉賞」を与えられた瞬間、大ブーイングを浴びたのだ。
賞のプレゼンター、スコセッシ監督とデ・ニーロも壇上でたじたじ。このテレビ中継を観ていた私は一瞬何が起きているのか判らなかった。最前列のニック・ノルティは、壇上のカザン監督を鬼の形相で睨みつけている。祝福の拍手を贈る人はいたが、エド・ハリス、ジム・キャリー、リチャード・ドレイファスなどカザン監督への抗議を行なった俳優も多かったと聞く。年に一度の華やかな式典に起きた、忘れられないショッキングなシーンであった。
はてさて、映画界の重鎮とされるエリア・カザンは、なぜ一部の映画人にこれほど嫌われたのか。それは米ソ冷戦時代に「赤狩り」と称して、共産思想をもつ友人、関係者たちの名前を政府委員会に告げて自らの保身に出たから。この司法取引により、エリア・カザンはそれまで通り映画界で生き延び、エリア・カザンに密告された劇作家、演出家、映画監督らは危険分子として職を失っていった。映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』のタイトルロール、脚本家のトランボもこの赤狩りで映画界を追放されたうちの一人だった。
ダルトン・トランボ! 古き映画ファンなら胸躍るキングの名前である。若い映画ファンなら、「トランボ」の名をシラーっと通り過ぎてしまうだろうけど、「映画『ローマの休日』を作った脚本家だよ」って耳元でささやくと、へぇーってなもんで少しばかり興味をもってくれるだろうか。でも、映画『ローマの休日』にはどこを探してもトランボの名前は出てこない。そのワケを教えてくれるのが、この『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』である。
第二次世界大戦後の1947年、物語の舞台は映画の都・ハリウッド。バスタブで目覚めたトランボが黒ぶちメガネをかけ直し、吸いかけのタバコを口に運びながら、取り憑かれたようにタイプライターを連打するシーンに始まる。画面に流れるドラム・メインのジャズは、決して権力に屈しないトランボの反骨精神を彷彿とさせて痛快だ。自作の脚本を手にしながら、撮影所では監督の真横に立ち、今をときめく銀幕スターの演技に助言する大物ぶり。それでも撮影所内の空気は不思議となごやかだ。トランボには誰も反論できない的確さとみなぎる才能がある。加えて、トランボという人がいかに人間的な魅力の持ち主かがうかがえる見事なプロローグ。
順風満帆に見えた作家人生も、トランボがアメリカ共産党員だったことから一変してしまう。映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』では、赤狩りの犠牲となり不遇な時代を迎えても、決して「書くこと」をやめなかった意志の強さを、家族とのエピソードを交えて展開する。
特筆は、トランボを取り巻く登場人物がすべて実名であること。赤狩りを推進するジョン・ウェインとロナルド・レーガン。そちら側に立つ伝説的ゴシップ・ライターのヘッダ・ホッパー。名優エドワード・G・ロビンソンにカーク・ダグラス。極め付きは敵か味方かわからないオーストリア訛りのユダヤ人監督、オットー・プレミンジャー!
若い映画ファンだったら、少なくとも上記6人をウィキペディアで調べていったほうがいい。より映画を楽しめる。
また、時間と余裕のある方には、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』鑑賞後にオススメしたい作品が2本ある。
①『追憶』(1973年、バーブラ・ストライサンド、ロバート・レッドフォード主演)・・・クレジット表記はされていないが、トランボが脚本づくりに関わった傑作ラブストーリー。バーブラ扮する左翼思想家ケイティーの部屋に懸かるレーニンの肖像画に注目。信条を曲げず突き進む女性活動家にトランボの生き様がかぶさる。
②『パピヨン』(これまた1973年、スティーブ・マックイーン、ダスティン・ホフマン主演)・・・脚本家トランボの最後の公開作品。仲間の裏切りに遭い、終身刑を言い渡される男・パピヨン。「ざまあみろ、俺は生きてるぜ!」。決死の脱獄後に言い放つこの雄叫びはトランボ人生そのものだ。
この2本も合わせて是非ご覧いただきたい。
トランボ ハリウッドに最も嫌われた男
監督:ジェイ・ローチ
脚本:ジョン・マクナマラ
音楽:セオドア・シャピロ
原作:ブルース・クック 「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」 (世界文化社)
出演:ブライアン・クランストン
ダイアン・レイン、ヘレン・ミレン、エル・ファニング、
ジョン・グッドマン、ルイス・C・K、マイケル・スタールバーグ
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
2015年/アメリカ映画/124分/ドラマ
2016年7月22日よりTOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー
公式サイト http://trumbo-movie.jp/