うっかり自分の死期が近いと思い込んだとき、どういう行動を取るかで人間の格に大きな差が出る。わたしの好きなダブニ・コールマン主演のコメディー『天国に行けないパパ』(1990年)はこうだ。定年退職間近の刑事が不治の病で余命わずかと知り、なんとか殉職して息子に保険金を残そうと命知らずの捜査を開始。だが不運なことに(?)なかなか死ねない。彼を憐れと思ったか、面白いと思ったか、酔狂な神さまが弄んでいるとしか思えない展開で、神さま、万歳だ。
知る人ぞ知るわれらが名優、光石研主演の『あぜ道のダンディ』は、日本風に少し湿っていて趣も異なるが、こちらにも酔狂な神さまがいることは間違いない。胃癌だと思い込んだ宮田(光石)は、気持ちの通わない息子と娘の将来が心配だが、彼らの前では虚勢を張っている。死後、多少の保険金は下りそうだが、親友の真田(田口トモロヲ)には不安を隠せず、酔っては愚痴を言い立てる。かっこいい男になりたいと願っても、ことはそう簡単ではない。
そんな宮田に、脚本・監督の石井裕也は優しく熱い応援の心で肉薄する。その結果、光石研の口からほとばしる言葉は、作られた台詞とは思えないほどの実感を伴って伝わり、その表情やしぐさにも、宮田という男の人生がにじみ出る。わたしもまた、応援の気持ちでいっぱいになる。
自転車に乗ってあぜ道を走り、宮田は自分を競争馬に見立てて前方をにらむ。「依然として後方、依然として後方……」と自身を鼓舞するラストシーンの格調は非常に高い。彼は生きることにおいて輝かしい勝利をおさめることはできないだろう。しかし自分が後方に居ることを認識しながらも、走ることをやめないのだ。こういう辛い決意を抱えて走る男こそ、本物のダンディである。そう静かに訴える声がわたしの心に届く。いい女が彼を発見してくれますように。(内海陽子)
・2011年 日本映画/110分/監督:石井裕也/出演:光石研、森岡龍、吉永淳、山本ひかる ほか、
『あぜ道のダンディ 』オフィシャルサイト http://www.bitters.co.jp/azemichi/
・テアトル新宿ほか全国公開中