『ロープ 戦場の生命線』映画レビュー

 奇妙な図のすきまに出演者の名が出るタイトルバックに、おや?と思ったら、むんずとばかりに物語世界に連れ込まれる。この強引さがいい。語る内容に自信があるのだ。「バルカン半島のどこか」と表記される紛争地域が舞台。人々の生活を支える井戸に投げ込まれた“物体”を引き上げるロープが切れ、代わりのものを手に入れようと、「国境なき水と衛生管理団」の面々と通訳の一行が山岳地帯を行く。しかし簡単なはずのこの仕事がいっこうにうまく運ばない。

 かつてはそれなりに理想に燃えたであろうに、いまや苦虫をかみつぶしたような表情が固着した男たちを演じるのは、ベニチオ・デル・トロとティム・ロビンス。年を重ねてさらにクセものぶりが際立つ名優の顔を見るだけで心くすぐられる。ロープ探しに苦労するという罰ゲームをさせられているやんちゃ坊主のようにも見える。世界をよくするために働くということはひたすら汚れ仕事を引き受けるのみ、ということが彼らの表情から伝わってくる。

 ここに新人の若い女性職員ソフィー(メラニー・ティエリー)が加わる。みるからに初心で、男たちの下心が働きようもない。そして男たちのくたびれた人間関係がわかってくる。ロープに関しては、買おうとすれば妙な理屈で断られる。一人の少年の情報で彼の家に行けば、ロープには犬が繋がれていて、この犬を手なずけることができない。行く先々にはやっかいな地雷が埋まっている。この地雷をよけるための経験則とでもいうべきものは、愉快な小話のようだ。とにかく笑うしかない悲惨な状況が続くのである。

 海千山千のリーダー、マンブルゥ(ベニチオ・デル・トロ)が、思わずソフィーの目を覆うのは、少年の両親の死体がぶら下がったロープを見つけたときだ。ソフィーは一つ一つの体験から、紛争の真の恐怖、人間の善意や情熱が到底及ばないこの世の実態を、小柄な身体に吸いこんでいく。ほこりにまみれて顔はくすむが、顔つきはきりっとしたものに変化していく。彼女はけっして安易な気持ちでこの仕事についたのではない、ということがわかってくる。

 さんざんな目に遭って手に入れたロープが、使用できないことになる顛末は伏せておこう。世界の矛盾を思いきり集約したかのような展開に、この映画の底にあるアイロニーがはっきりする。次なる任務はトイレの修繕とわかり、「雨が降らないだけまし」とつぶやけば雨が降り出すのである。

 さて、井戸の問題がどうなったかといえば、これがすんなり解決するのである。それはぜひ自分の目で確かめていただきたいが、このエンディングの示すものはなんだろう。人間は愚かで無力なのだろうか。マレーネ・ディートリヒが歌う「花はどこへ行った」を、それを否定する歌唱として聴きたいのだが。
                              (内海陽子)

ロープ/戦場の生命線
©2015 REPOSADO PRODUCCIONES CINEMATOGRAFICAS, S.L.AND MEDIAPRODUCCIÓN S.L.U.
2018年2月10日(土)より
新宿武蔵野館ほか全国ロードショー!
監督:フェルナンド・レオン・デ・アラノア
出演:ベニチオ・デル・トロ/ティム・ロビンス/オルガ・キュリレンコ、メラニー・ティエリー
原題:A PERFECT DAY/2015年/スペイン/カラー/英語・セルビア語・スペイン語・フランス語・ボスニア語/シネマスコープ/上映時間:106分/
提供:レスペ、中央映画貿易 配給:レスペ/rope-movie.com/