『ダンケルク』映画レビュー

 空にチラシがたくさん舞っている。ひとりの兵士の目前で仲間がどんどん銃撃される。観客はあっという間にそこに連れ去られ、そこがとんでもない戦場だということを肌で知る。「フランスの港ダンケルクにおける史上最大の救出作戦」という整理された言葉が消し飛ぶ。これは戦争映画ではなく、サバイバル映画だ。そして誤解をおそれずに言えば、ここにはきわめつきの快楽がある。

 生きのびたトミー(フィオン・ホワイトヘッド)が船に乗って脱出しようと防波堤で過ごす1週間。兵士を助けるためダンケルクに向かう民間船の船長ドーソン(マーク・ライランス)たちの1日。そしてダンケルクを空爆するドイツ機に挑むイギリス空軍パイロット(トム・ハーディ)の1時間。込み入った展開になるかと思いきや、巧みに入れ替わる三つの“現場”が同時進行し、サバイバルの恐怖、臨場感、高潔さを瞬時に伝える。難しいことは何もない。生き残るために何をするかという個人の判断力と、運のよしあしがあるだけだ。

 民間船に海上の兵士(キリアン・マーフィー)が助けられると、彼のせいで少年が重傷を負う。救助船に大勢の兵士が助けられ、ジャムパンを受け取って一息つくと、その船が沈没する。運命は皮肉に満ちている。しかもそれについて考える暇はない。「まず我々が生き残る」。ドーソンの冷徹さが肌身にしみる。

「よくやった」、「生き残っただけだ」、「それで十分だ」。なんとか撤退に成功し、イギリスに帰るトミーは国民から非難されることを覚悟する。しかし出迎えの声は歓喜と労りに満ちている。そこで彼がほっと安堵できるかと言えばそうではない。戦争が終わったわけではなく、むろん勝ったわけでもなく、戦いはまだまだ続くからだ。そしてなによりもトミーは地獄を見てしまったからだ。

 第2次世界大戦中、中国戦線にいたわが父は流れ弾がヘルメットの中に入り、1周して後頭部に浅く刺さった。40分ほど気絶していたが、気づくと隣にいた戦友は死んでいたという。その話がわたしに戦場にいる実感を伝えたのはずいぶん昔のことだが、この映画にはそういう実感がたっぷり詰まっている。“厭戦”や“反戦”を口にするのはたやすいが、戦場という“現場”に放り込まれてしまったからには、ただ生き残ることに向かって走り続けるしかないのである。

 クリストファー・ノーラン監督の素晴らしさは、戦場を舞台にして、多くの悲惨な死を描きながら、映画を作る快楽を存分に味わっていることにある。映画を作るとは、自分たちが存分に快楽を味わいながら、観客にもまた存分に観る快楽を与えることだ。そこを一歩もはずしていないからこそ、この映画はすがすがしい。そしてまだダンケルクにいるフランス軍兵士を救うため、戦場に残る決意をしたボルトン中佐(ケネス・ブラナー)は、この世のかすかな光になる。
                              (内海陽子)

ダンケルク
(C)2017 Warner Bros. All Rights Reserved.
監督: クリストファー・ノーラン
脚本: クリストファー・ノーラン
出演: フィオン・ホワイトヘッド トミー
トム・グリン=カーニー ピーター
ジャック・ロウデン コリンズ
ハリー・スタイルズ アレックス
アナイリン・バーナード ギブソン
ジェームズ・ダーシー ウィナント大佐
バリー・コーガン ジョージ
ケネス・ブラナー ボルトン中佐
キリアン・マーフィ 謎の英国兵
マーク・ライランス ミスター・ドーソン
トム・ハーディ     ファリアー
マイケル・フォックス
ジョン・ノーラン ド
配給:ワーナー・ブラザース映画
2017年/イギリス/アメリカ/フランス映画/106分/戦争/ドラマ/アクション
公式サイト http://wwws.warnerbros.co.jp/dunkirk/