「フランス映画祭2019 横浜」。

作品名『愛しのベイビー』、上映時間87分。

正直言って、女優マリー・ラフォレの娘が監督で、

孫娘がタイトルロールを演じるということだけで

作品の中身は期待していなかった。

「シングル・マザーで、3人の子持ちのエロイーズ。

末娘のジャードも18歳になり、カナダに留学することに。

別れを前に娘をスマホで撮影し、センチメンタルな日々を送っていた。

これは、子離れできない母親の葛藤を描いた作品」とある。

しかし、このありきたりと思われた映画に涙した。

こうして、いち早く試写を拝見させていただいたところ、

リサ・アズエロス監督と、ジャード役のタイス・アレサンドラン、

おふたりのインタビューを仰せつかった。

インタビュー当日、プレス関係者の控え室にも聞こえるスタッフの声。

「タイスから目を離さないで! また逃亡してどっか行っちゃうから」

しょうが無いよ、二十歳そこそこの女の子なんだから。

異国に着いた翌日、じっとしていられるわけ無いんだから。

はたして、1時間後、映画同様、

愛しのベイビーに骨抜きにされるのでありました。


見事な女性賛歌! 気持ち良さはまだ続いています。

コレ、反面、男性にとっては懺悔の映画でもありますね(笑)。

娘役で出演されているタイス・アレサンドランさんも脚本作りに

参加されているんですって?

タイス「母が監督だから、劇中の会話は私なりのセリフで臨んだの。

映画の撮影前に、私が実際にiPhoneで録ってたのよっ」

iPhoneかぁ。時代の流れですなぁ。

さすが今どきのパリっ子は違いますなぁ。

実生活でも映画同様、娘タイスさんを溺愛しているの?

リサ監督「ウィ、もちろんよ」

バカな質問でした(笑)。

最近のフランス映画を眺めると、深刻な内容のものが多いですね。

明らかに映画祭狙いの作家性の強い作品なんかがある中で、これほど明快で

ストレートなハート・ウォーミング・シネマは潔く、かつ貴重ですよ。

リサ監督「映画監督としては、より重い、そして辛い映画を撮っていたら

もっと有名になっていたかもしれませんね(笑)。

ただ私は、社会で起きている様々な事柄は全て、家庭の問題から

生じていると思うので、こうしたミニマムな風景が好きなのです」

テロの予感、家庭内暴力、移民の問題、引いて見ると、

マクロン政策への批判であったり。こうした題材が取り上げ易く、

訴え易い時代にあって、あえて小さな家族の物語にフォーカスしたことに

注目したいです。

これは自叙伝ですか?

リサ監督「私自身の物語であると同時に、

何千、何万もの女性たちの自伝でもあると思います」

とにかく面白いエピソードの連続ですね。

●娘のカンニングに加担する母親。

●朝のラッシュ時、スピード違反を犯す母親。

● 経営するレストランでの衛生ルール違反。

娘のために全て嘘でねじ伏せて、もみ消しを図る母親の姿がスゴイ。

その痛快さ! これもご自身のこと?

リサ監督「とんでもない! スピード違反で警察に止められた時、

『突然の生理で大変なの! シートが血だらけよ! 信じないなら見る?』

で切り抜けたエピソードは、友人のエピソードよ(爆笑)。

それ以外は私が考えたシナリオです、ハイ」

母親は愛娘の事となると、相手かまわずガンガン自己主張していくけど、

やっぱり最後は涙もろい。

リサ監督「。。。。。。。。。」

(しんみりとする母の隣で、娘タイスはニヤニヤ)

だから私も、か弱い女性に対して改めねばと肝に銘じましたッ。

(タイス、私の顔を覗き込んでニヤニヤしながら)

タイス「そうよ、そうしなきゃダメよ。世の中、そうした気持ちが必要よ」

ハナシは変わって、これは私の持論ですが、

20数年前から映画の中に、「携帯電話」と「CG」が現れたことで、

その手の映画にワクワクドキドキ感がなくなりました。

「いつでも連絡が取れる」、そして「どんな場面も金さえあれば簡単に

できちゃう」。

だけど、この映画では携帯電話をうまく小道具として活かしていますね。

(タイス、ポシェットの中のケータイを探りながら、またニヤニヤ)

いつでもどこでも繋がっている安心感。反面、一転して不安にもなる。

手放してしまうと、心配ばかりで落ち着かない。いまの世の中、こんな具合。

映画『愛しのベイビー』では携帯電話を使って、優しさ、連帯感、

そして不安や失望感が見事に表現されていました。

リサ監督「ウィ、ウィ。繋がりやすい反面、断絶も起き易い」

そーいえば、ケータイを毛嫌いしそうなゴダールの話が出てきますね。

娘の部屋に、ゴダール監督『軽蔑』のポスターが貼ってあったし、

「ゴダールの映画を見たことのないフランス人なんているの?」

なんてセリフも飛ぶ。

これもタイスがiPhoneに録っていたセリフなの?

タイス「大好きな監督なので、劇中に使ったのよ。

私がものすごく影響を受けた監督よ」

(影響って、オマエさんはまだ二十歳そこそこだろ)

じゃあ、どんなゴダール作品が好きなの?

タイス「まず、『気違いピエロ』(65年)。そして、『軽蔑』(63年)。

五月革命後に完成した『たのしい知識』(69年)も哲学的な内容で

お気に入りの一本よ。学生と社会人が真っ暗なスタジオで、思想、テレビ、

映画、光、そして革命の実践について語り合うあの映画。

もちろんご覧になっているでしょ?」

さようでございますか(笑)。

恥ずかしながら、『たのしい知識』は聞いたこともございません。

じゃあ、今後は映像に世界に進むのでございますか?

タイス「もちろん考えているわよ。だから大学では哲学を専攻しているわ」

それでは近い将来、またフランス映画祭でお会いできますね。

今度はタイス・アレサンドラン監督として。

タイス「ウィ〜、ウィ〜」

映画『愛しのベイビー』に話を戻しましょうか。

映画に描かれる女性の出産という一大イベントの感情は、、、

子供はいくつになっても自分の体の一部として愛おしいものでしょうね。

リサ監督「女性としては出産もそうですが、

生きていく上でもっともっと様々な痛みがありますよ」

失恋! かな?

(リサ監督、タイス、そして通訳さんまでもが、私を無視)

すみません。くだらないこと言いました。

リサ監督「女性が男性と同じ扱いを受けられない現状も問題だと思います。

それは出産とは違う、別の次元の痛みです」

日本よりフランスの方が男女平等の精神が息づいていると思うのですが。

少なくとも、フランス映画の中ではそう感じていました。

リサ監督「法律上ではそうですが、実生活の中ではまだまだ平等であるとは

感じられません。娘の世代にはかなり改善されてくると思いますが」

そうした自由さ、画面いっぱいの笑顔に会えるシーンが終盤訪れますね。

母と娘がスカイダイビングをする場面。

ここ、本当に好きなシーンでした。

ヒコーキからふたりが飛び出す瞬間が、まるで出産のようで。

緊張した面持ちがやがて笑顔に変わっていくシーンの素晴らしさ。

眼下に広がる地平線が、やがてお母さんのまぁ〜るいお腹に重なる編集の妙。

いま思い出しても目頭が熱くなります。

リサ監督「あのシーンは少しだけ日本的な側面を見せたところで、

象徴的な場面なんです」

それに続く、エアポートのシーンも忘れられません。

愛娘が子供のころ着けていたティアラを母親に手渡すシーン。

それを頭に乗せられた母親の表情の変化。

やがてロビーをこちらに向かってさっそうと歩き始め、

スクリーンいっぱいのアップになるあたり!

あの瞬間がこの映画のテーマですね。

(タイス、立ち上がって手を叩き、瞳をウルウルとさせて)

タイス「ブラボー、ブラボー」

あの時、娘が母親に言うセリフ。

エアポート内の雑多で聞き取れないけど、唇の動きで私にも分かりましたよ。

タイス「あれはiPhoneに用意していたセリフじゃないのよ。

あの場面で自然に出たコトバなの」

おー、いい話じゃないですか。

これは今後見る人のために内緒にしておきましょう。

最後に、変化球の質問!

10年後、雨降るパリの古びた名画座。

そこで、2本立て興行があるとしましょう。

1本は『愛しのベイビー』。さ、併映は何を選びますか?

リサ監督「面白い質問ね。ズバリ、『ボーイフッド』です」

くぅ〜っ、リチャード・リンクレイター監督の

『6才のボクが、大人になるまで』(2014年)かぁ。

しびれるカップリングですね。

家族の映画として、時代と国を超えた見事なカップリング。

名画座を出てきた時の観客の表情が目に浮かびます。

何だかまた涙が溢れてきちゃった、、、今日は本当にありがとうございました。

お母様のマリー・ラフォレさんにもよろしくね。

1日も早い、日本での一般公開を楽しみにしています。

(取材と文)武茂孝志

邦題:愛しのベイビー

原題:Mon bébé

監督・脚本:リサ・アズエロス 

キャスト:サンドリーヌ・キベルラン、タイス・アレサンドラン、

ヴィクトール・ベルモント、ミカエル・ルミエール

製作国:フランス

言語:フランス語

時間:87分

(c) 2019 – Love is in the Air – Pathé Films – France 2 Cinéma – C8 Films – Les Productions Chaocorp – CN8 Productions