永い言い訳の画像
(C)2016「永い言い訳」製作委員会
 長く連れ添い、夫婦仲が冷えた妻(深津絵里)をバス事故で亡くした作家の幸夫(本木雅弘)。自己嫌悪と開き直りの季節を経て気持ちを立て直したころ、クローゼットの中で壊れたはずの妻のスマートフォンが振動する。受け取らなかった彼宛の彼女のメールには「もう愛してない、ひとかけらも」とある。かっとなった彼はスマートフォンを床にたたきつける。

 こういうシーンを待っていたのだとぞくぞくする。これが西川美和監督のやりくちだ。きわめて意地の悪いことを確実に効果的にさらりとやってのける。妻が死んだとき、幸夫は愛人(黒木華)と抱き合っていたにもかかわらず、妻に見切りをつけられていたとはこれっぽっちも思っていなかった。男の浅はかさと自惚れ。いや、男だけとは限らない、どうやら人間は自分が嫌いになった相手にも嫌われたくない、みっともない生き物のようである。

 この映画には二つのポイントがある。ひとつは、亡き妻と過ごした時間をたどり、彼女との思い出に折り合いをつけようともがく、幸夫の腰の引けた男の純情。もうひとつは、妻と一緒にバス事故で亡くなった親友の遺児、特に長男の真平(藤田健心)に対する、幸夫の男同士の情けのようなもの。わたしは、この男同士の関係に強く揺さぶられた。

 トラック運転手をする父(竹原ピストル)に代わって、幼い妹の面倒を見る優等生の真平は、母の突然の死をうまく受け止められない。受け止められなくて当然だ。そう思う幸夫はきわめて自然に誠実に真平に寄り添い、彼のストレスを少なくしようと心を配る。このあたりの本木雅弘の演技は、彼の地なのか“ますらお派出婦”のような優しい滑稽味がにじむ。

 学習塾からの帰りのバスの中で寝入ってしまい、妹(白鳥玉季)と一緒に迎えに来た幸夫に起こされ、真平はおもわず涙をこぼす。悲しみをずっとこらえてきて、スキを見せてしまったことを少年は恥じる。母が生きていたときも、彼は父と母の間でさまざまに心をくだいて過ごしてきたのだろう。少年の生きてきた時間が急激に胸に押し寄せる。

 ドラマの中でひとりひとりの小さな心の揺れが重なって響きあい、見事なシンフォニーになるのは今までの西川美和作品と同じである。今回は特に、幼い人間の心に寄り添い、子供扱いすることなく、その機微に触れる指先が素晴らしい。大人も子供も変わりはない。傷みには耐えきれず、誰かに支えてもらいたい気持ちは同じだ。そして支えてもらいたい相手には、自分のほうから手を伸ばさなければならない。それくらいの謙虚さは誰でも持っていなければならない。運命はどうにもならないが、心の行く先は自分で決められる、そう信じたい。
                              (内海陽子)

永い言い訳
出演:本木雅弘/竹原ピストル 藤田健心 白鳥玉季 堀内敬子/池松壮亮 黒木華 山田真歩/深津絵里
原作・脚本・監督: 西川美和
2016年10月14日全国ロードショー
PG-12
公式サイト http://nagai-iiwake.com/